平和な地球という、アート作品

「地球を平和にすることが、一番のアートだと思う。」

と、最近考えている。
というのは、僕は常に、どうすれば世界から戦争や差別や薬害などがなくなるのかなとか、

全員が嫌な仕事をしなくていいような世の中を作れないかなとか考えている。

戦争を無くしたいというと、日本の人は非日常過ぎて「何言ってるんだろう」と考えるかもしれないが、例えば目の前で子供が殴り殺されそうになってたら、誰でも「かわいそう」とか「助けたい」という気持ちが湧くはずだ。

日本はとりあえず生活空間としては平和だから、なかなかそのような感情は出てきにくいが、この、「子供が殺される」というのは世界で日常的に起こっていることだ。

アートの一面は、衝動を表す手段というものがあると思う。

上記のように、人間は、平和を願ったり、「助けたい」という衝動の種をもともと持っているはずだ。

美しさを楽しむだけではなく、怒りの感情や社会風刺をするアートもあるが、その根源にあるのは、人に訴えたいと湧いてくる「衝動」のはずだ。

衝動から作られる作品がアートならば、
平和にしたいという衝動から作られる、

「平和な地球」もアート作品なはずだと思うし、

芸術をしたいという衝動と、
平和を望む衝動は「もっと良くしたい」という、生体が持つ願いで、
本質的に同じものなはずだ。

だから、俺はこれからも、もっともっと勉強をたくさんして、たくさん行動して、戦争や差別を無くして、最高のアート作品を作りたいと思った。

実は昨日、家族のことで深く考えさせられることがあった。
母親が間違って睡眠薬を飲んでしまい、意識が朦朧としていた。
僕は、この時に病気の母親が飲んでいる薬などの害や、世の中にある医学の根本的な問題を、なんとかしなくてはいけないなと思ったのだが、母親は昏睡しながらも「慶くんは、、自分で、脳の勉強して、偉いねえ〜、、」とにこやかに言っていたことがとても衝撃的だった。

人間の生み出した薬というもので人間がそこまで意識変容し昏睡してしまうことと、そのような状態でさえも子供を愛する、「親」という存在の、生体が根源的に持つ威力に圧倒された。

僕は家がもともとかなり大変で、親とも、いろんな人とも衝突をたくさん繰り返してきたが、そういった経験をするごとに、世界の問題点や、自分の力でそれをどうにかしたいと思うようになってきた。

思えば、もともとは世界をどうにかしたいのではなく、目の前にいる、
たっと一人で僕を育ててくれた母親を救いたいという感情が根源だと思う。

しかし、自分の母親の苦労などを見ていると、きっとそのような家庭はたくさんあるし、戦争になったらまた別の辛いことが起こってしまう人もたくさんいるだろうから、

その辛さがまるで自分のことのように感じられ、僕は自分の力で、世界の政治からいじめ問題、エネルギー問題から、環境問題から家庭問題まで、すべてをどうにかしたいと思っている。

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。