武道について①現代武道としての合気道

本日は、柔道や空手などとともに、日本を代表する武道の一つとされている合気道について書いてみたいと思います。

合気道は、武道家の植芝盛平を開祖として戦前に創始され、現在では世界中に競技者を抱える武道です。合気道は柔道や空手のように体術を中心とする徒手武道ですが、その技法には剣や杖といった武器術も含まれます。合気道は、小柄な体格で力士を投げ飛ばす、銃弾を目視で避けるなど数々の伝説を持つ開祖植芝盛平のほか、塩田剛三や藤平光一といった著名な武道家を輩出してきた武道です。合気道はその精神性や神秘性だけが注目されがちで、気だけで人を吹き飛ばすというような、不思議エピソードと結びつけて語られることも多いようです。実際には、合気道は別に気で人を吹き飛ばす武道ではなく、伝統的な武術の系譜を引く、とても堅実な武道だと言えます。今日は合気道の堅実な側面に注目してみましょう。といっても、ここでは合気道がいかに強く他の武道より優れているか、などということは語りません。合気道を他の武道と比較して、その特徴や歴史性から、合気道もつ重要な意義を探っていけたらと思います。

合気道は、武道の一種という意味では先に挙げた柔道や空手、あるいは剣道や弓道と似た性質を持ちながら、それらとは全く違う側面も持っていることが特徴です。その特徴とは、「試合がない」ということです。柔道や空手などの代表的な武道は、当然ながら試合を行う競技です。東京オリンピックでは、柔道に加えて空手も競技となることが注目されていますね。試合を行うということは、競技者が勝ち負けを競うということで、柔道や空手では各競技者が勝つための技を磨き、それによって技法も次々と進化を遂げてきました。また、競技を行うためには当然ながら野球やサッカーのようなスポーツと同じくルールが必要となります。武道のような危険性を伴う競技においては、関節技や金的蹴りなどの危険な技を禁止する必要もでてきます。このように、柔道や空手など、競技化した武道では審判制や禁じ手が体系化され、確固としたルールを持つようになりました。

一方、合気道では柔道や空手のような試合はまったく行われません。なぜなら、合気道は相手といたずらに強弱や優劣を競うことを良しとしないためです。このような特徴から、合気道は「和の武道」とか「争わない武道」と呼ばれているようです。試合を行わないということは、これといったルールも必要ないので、基本的な道場規則を除けば、詳細なルール体系が定まっているわけではありません。また、競技化しなかった結果として、柔道のように勝つための技に特化した練習を行う必要もないため、合気道には武道本来の動きがそのままの形で多く残されているように思われます。さて、武道本来の動きと言いましたが、それはどのようなものなのでしょうか。それを明らかにするためには、合気道の起源について説明する必要がありそうです。

合気道の開祖植芝盛平は、天神真楊流柔術や神陰流剣術といった伝統武術を学び、柔道の修行を行ったあと、大東流合気柔術の武術家である武田惣角に師事し、合気柔術を学びました。武田惣角は実質的には合気道開祖の師匠とも言える存在です。合気道は、植芝盛平が大東流合気柔術をベースに、それまで修行してきたさまざまな柔術や剣術の技法を取り入れて成立させた武道だと言えるでしょう。「柔術」という言葉は、現代ではブラジリアン柔術を指すことが多いですが、本来は広く「素手、あるいは短い武器による武術」を指します。つまり、柔道も合気道も柔術の一種であると言えます。また前述の通り、合気道には剣術由来の技法もかなり多く残されています。これらの技の中には、徒手格闘(素手での戦闘)にほとんど役立たないと言って良いものもあります。しかし、上で述べたように、勝ち負けを競わない武道である合気道においては、徒手格闘で勝つために必要のない技であっても保存される余地があったのです。例えば、合気道の基本技の一つである「正面打ち一教(腕抑え)」は、自分の顔を正面から打ってくる相手の手刀(刀に見立てた腕)を裁き、腕を抑えて畳に押し付けて動きを封じる技ですが、このような技をストリートファイトで使うことはまずないでしょう。この技を真正面からルールなしの実戦で使おうとすれば、ほぼ間違いなくその隙にやられてしまいます。ただ、この技も武士が刀を振るっていた時代においては、大きな意義のあるものだったに違いありません。

上記の通り、合気道には「実戦には使えない」と言われている技が多く残されています。これを根拠に「合気道は使えない」と言う人もいるのですが、そもそも試合を前提としている柔道や空手のような武道と合気道を比べることはナンセンスだと言って良いでしょう。「合気道は格闘技ではなく武道です」と言う合気道家も多いですが、それも頷けます。では、合気道の技は現代には全く通用しないものしかないのかと言うと、そんなこともありません。合気道では、投げ技や関節技はもちろんのこと、運足(足の運び方)や入り身(相手の背後に回りこむ動作)、転換(体を180度回転させる動作)など、基本動作を徹底的に学びます。投げ技や関節技は直接的には現代的な格闘では使えないものも多いのですが、運足や入り身、転換などの基本動作は、他の武道、格闘技やスポーツにおいても応用の効くものだとされています。合気道家には野球選手や俳優なども多いのですが、それは合気道が基本的な体の使い方を学ぶのに適した武道であることを示しているように思われます。格闘に限らず、さまざまな運動に応用が効くという点が、合気道が多くの競技者を獲得してきた理由なのかもしれません。

なお、書き忘れていましたが、合気道には空手ほど細分化されてはいないものの、いくつかの会派が存在します。最も代表的な会派は、最大の会員数を誇り植芝家の伝統を受け継ぐ会派である合気会です。上で述べたことは基本的に合気会のことをモデルにしており、他の会派では技の名称や技法そのものが変わってくることもあります。また合気会内部でも、師範により技の解釈がまったく異なってくるところが合気道の奥深さです。合気会以外の会派としては、塩田剛三が創設した養神館合気道も非常に有名です。こちらは実戦性が高い合気道だと言われており、警視庁の指導科目にも取り入れられているそうです。また、精神性を重視している会派としては、心身統一合氣道が有名です。それぞれ、同じ技でも受け身の取り方や構えが違っているので、動画で見比べてみるのも面白いでしょう。

さて、本日は合気道の「堅実な武道」としての側面を解説させていただきました。神秘的で宇宙的、もっと言えば「怪しげな」武道とも思われがちな合気道ですが、技術体系や歴史などから、とても正統派な武道であるということがご理解いただけたのではないでしょうか。武道は「どの武道が最強か」という分かりやすい(言ってしまえば安直な)尺度からしか評価されてないことが多いのですが、合気道、柔道、空手、剣道など、それぞれの武道に独自性と優れた部分があると思います。合気道は試合を行わず、みだりに闘争心を掻き立てない点、またそれによって武術本来の技法が保存されている点に優れた性質があると言って良いでしょう。そういう意味では、やはり合気道の「精神性」というものが着目されているのは分かります。精神だけで自分や相手を制することはできないので、どうしても体を鍛えたり技を磨いたりする必要があるのですが、バランス良く鍛錬を行う方法として合気道が存在するのではないかと思います。と、綺麗にまとめたつもりですが、武道は修行をしてこそ真髄が見えてくるもの。修行なくして分かった気になってしまうことは危ういと思います。畳の上で投げられてみて初めて、合気道の良さが分かってくるのかもしれませんね。動画では華麗に人を投げ飛ばしているだけかのように見える合気道ですが、実際にやってみると「思ったよりハード」だと感じることになるかもしれません。

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。