知られざるユーラシア①ロシア連邦

読者のみなさんはラフマニノフの故郷をご存知でしょうか。そう、「ロシア」ですね。より厳密に言えば、彼が生まれた時代(1873年)、ロシアは「ロシア帝国 Российская империя」という強大な帝国でした。ロシア帝国は1917年のロシア革命を経て、ソ連(ソヴィエト社会主義共和国連邦 Союз Советских Социалистических Республик)となり、1991年にソ連が崩壊すると15の共和国に分裂して現在に至ります。つまり、彼の故国であるロシア帝国は、現在では15の国に分かれていることになります(厳密に言えば、ロシア帝国とソ連の領土は同一ではないのですが、この点には踏み入らないことにしましょう)。正確には、これら15の共和国はソ連時代から自治体としては存在していたのですが、独立国家として主権を得たのがソ連崩壊後ということになります。かつて「ロシア」と呼ばれていた国が、現在では15もの国に分かれていることをご存知でしたか。ご存知だった方は、15の共和国すべてを挙げることができるでしょうか。

本日は15の共和国のうち中核となる国家、「ロシア連邦 Российская федерация」(いわゆるロシア)を取り上げ、国家体制や現状を大まかに解説できればと思います。とはいえ、ブログ上で国家についてすべてを語り尽くすのは難しいので、重要なポイントを断片的にお伝えしていきます。

ロシア連邦は上述の通り、1991年のソ連崩壊に伴い成立した新しい国家ですが、実質的にはソ連やロシア帝国の伝統を継承している部分も多いです。ご存知の通り、ロシア連邦の首都はモスクワで、この都市はソ連の首都でもありました。また、現在のロシア国歌のメロディーはソ連国歌のものと同じです(歌詞は異なります)。このメロディーは美しいのでファンも多いですね。このように、ロシア連邦とソ連は共通点も多いのですが、もっとも大きな違いは経済体制です。ご存知の通り、ソ連は世界最初の社会主義国家であり、完全なる計画経済が実施されていました。一方、ロシア連邦では資本主義体制への移行が急速に進み、現在では一般的な資本主義国家と変わらない状態になっています。ソ連のイメージを持ったまま現在のロシアへ行くと、その発展ぶりに驚くことでしょう。街には物が溢れ、高級車が走り、高層ビルが立ち並んでいます。モスクワでは東京と遜色ない生活ができます。Wi-Fiがさまざまな場所で使えたり、スーパーでは自動レジが普及していたり、日本より進んでいる部分もあるほどです。

さて、ロシア連邦の国旗は白・青・赤の三色旗で、ロシア帝国時代(以下、帝政時代)のものと同一です。国章は「双頭の鷲」で、これも帝政時代と同一です。こうして見ると、ロシア連邦はロシア帝国を形式的に引き継いでいる部分も多いように思われますが、二つの国家のもっとも大きな相違点は政治体制です。帝政時代、ロシアは絶対君主制であり、「ツァーリЦарь」と呼ばれる皇帝がほぼすべての権力を掌握していました。一方、ロシア連邦は形式的には議会制民主主義を導入している国家です。現在の大統領、ヴラジーミル・プーチンはたしかに強権的な部分もありますが、あくまで民主主義的に選挙で選ばれた大統領なので、帝政時代の政治体制とはまったく異なります。

以上のように、ロシア連邦は資本主義と議会制民主主義への移行が済み、現在では日本や欧米のような国々とほとんど変わらない国家体制を持つようになりました。ただし、これはあくまで形式面での話であって、その運用面や内容面について語る際にはもう少し慎重になる必要があります。ロシア連邦によるクリミア併合は重大な国際的緊張を生み出しましたが、形式的に国家体制が同じであっても、その運用の仕方次第で国家は多くの問題を生み出すことになります。しかしそれはロシア連邦に限らず、日本も欧米も同じことではあるのですが。

上記の通り、ロシア連邦の首都はモスクワで、これはソ連時代から変わりません。現在のモスクワは1250万人という人口を抱え、ヨーロッパ最大の都市となっています。モスクワは歴史的にもロシアの中心都市だったのですが、18世紀からロシア革命(20世紀初頭)にかけて、ロシアの首都はサンクト・ペテルブルクでした。フィンランドの近くにあるサンクト・ペテルブルクという都市は、18世紀前半のロシア皇帝であるピョートル大帝(ピョートル1世)が、バルト海の寒村を開拓して築いた人工的な都市です。「ヨーロッパへの窓」というコンセプトでロシア帝国の都として造成されたこの都市は、現在でも非常に優雅で幻想的な景観を保っています。旧市街は世界遺産にも指定されており、観光地としても有名です。

サンクトペテルブルクの「ブルク」とは「ザルツブルク」と同じく、「砦」という意味のドイツ語で、ピョートル大帝の名と語源が同じ「聖ペテロ」にあやかって「聖ペテロの都市」という意味で名づけられたものです。第一次大戦中、ロシアはドイツと交戦したため、ドイツ風のこの都市の名前はロシア風の「ペトログラード」に改められました。さらに、ロシア革命が起きてソ連が成立すると、ペトログラードはレーニンの名をとって「レニングラード」と改称されたうえ、首都の地位をモスクワに譲りました。そして、ソ連が崩壊するとこの都市の名称はサンクト・ペテルブルクにようやく戻されました。

サンクト・ペテルブルクは現在ではロシア連邦第二の都市ですが、帝政時代の首都だったこともありロシアで最も文化的な街として知られています。バレエやオペラが非常に盛んで、マリインスキー劇場やワガノワ・バレエ・アカデミーが有名ですね。『罪と罰』など、ドストエフスキーの各作品の舞台となっていることでも知られています。また、サンクト・ペテルブルクの人々はモスクワに対して激しい対抗意識を持っており、サンクト・ペテルブルクとモスクワの関係は、日本の京都と東京の関係に例えられることも多いです。

ロシア連邦という国の特徴として忘れてはならないのは、この国が多民族・多言語国家であることです。ロシアには190の民族が居住し、そのうちロシア人(いわゆる白人のロシア人)は80%を占めています。国内には多くの共和国や自治区が存在し、例えば「タタールスタン共和国」はチュルク(トルコ)系のタタール人を中心とする共和国で、共和国内ではタタール語とロシア語が公用語となっています。このように、ロシア連邦では形式的にロシア人以外の民族の言語や文化を保護する政策を取っています。さらに、昨今では旧ソ連の中央アジア諸国からの労働者が、モスクワなどの主要都市に居住するようになりました。モスクワを訪れると我々が「ロシア人」だと思っているブロンドの白人がそれほど多くないことに驚くかもしれません。アメリカ合衆国も多民族国家と言われることが多いですが、合衆国は実質的に英語を唯一の公用語としています。一方、ロシア連邦はそれぞれの民族の言語を公用語とし、その地位を保証している点が合衆国と異なっています。どちらが良い体制とも言えませんが、少数民族の権利擁護を積極的に行っているという点は評価されても良いでしょう。もちろん、これは民主主義と同じくあくまで形式面の話であって、実際このような形式的保証が完全に機能しているとは言えないのですが。

上に述べた「国内の共和国や自治区」というのは想像し辛いかもしれませんが、ロシアは連邦制をとっているため、これらの共和国や自治区が「連邦構成主体Субъект Российской Федерации」という地位を持ち、連邦構成主体の集合体がロシア連邦という国家になっているのです。そのため、国内には連邦構成主体として独立した地位を持つ都市や多くの共和国・自治区が混在し、かなり複雑な様相を呈しています。47都道府県という比較的均一で単純な国家編成を持つ日本とは大きな違いがあります。

すでにクリミア併合にも少し触れましたが、ロシア連邦は周辺国との関係が必ずしも良好ではありません。特にもともと同じ国に属していた旧ソ連のバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)やウクライナ、ジョージア(旧グルジア)などの国々は、ロシアと対立する姿勢を示しています。一方、カザフスタンやベラルーシなど、ロシアと比較的良好な関係にある隣接国もあります。この点については、今後それぞれの国家を取り上げるなかで解説していければと思います。

昨今ではロシアに関する最新の情報も簡単に入手できるようになりましたが、それでもまだまだ、ロシアを共産主義が支配するなんとなく怖い国だと思っている方も多いのではないでしょうか。日本が停滞しているあいだに、ロシアは凄まじい速度で変化を遂げました。旅行でもビジネスでも、これからロシアの存在感は高まってくるのではないでしょうか。北方領土問題など、政治的な課題も残ってはいますが、ラフマニノフを生み出したロシアという国を食わず嫌いするのは勿体ないでしょう。マスコミや国内の情報を鵜呑みにせず、ロシアという国を正しく捉えることが必要です。

本日は旧ソ連の中核国であり、ラフマニノフの故郷でもあるロシアという国家について書いてみました。現在のロシア(ロシア連邦)は世界最大の領土を持つ国家ですが、ソ連はそれよりもさらに大きく、東はオホーツク海から西はバルト海まで、ユーラシア大陸の大部分を領土としていました。上述の通り、現在ではソ連を構成していた15か国は独立国家となっていますが、ユーラシアに散らばるこれらの国々はそれぞれ興味深い独自の特徴を持っています。本日の記事を第1弾とし、今後は「知られざるユーラシア」として旧ソ連15共和国について解説していけたらと思います。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。