注ぐ、休む。そのメリハリ

こんばんは。ピアノの渡邊拓也です。

今福島県に帰省してきていますが、まずまずの天気で割と快適に過ごしております。お正月は久しぶりにゆっくり過ごし、地元で抱えている出演しなければいけない大きな演奏会も、年末年始にはなかったので(本日は、ゲリラライブを某百貨店でしてきましたが…笑)、相当充実した年末年始を送っています。

連絡や雑務はまとまった時間にこなし、ゆっくりする時間はとことんゆっくりし、演奏に必要な基盤を鍛えることにじーっくり時間を注ぐ…これが、埼玉にいてほぼ毎日仕事をしていると、なかなか行えないのです。それでも時間を捻出しようとして早寝(←少々)早起きに勤しみ、朝早く鍛錬をしてから1日仕事をすると、夕方以降疲れが限界に来る時もあれば、全く疲れないでしばらく過ごすこともできるし、また翌日の生活の質に影響が出ることもある。

社会人一年目として、合唱の指導員や数々の伴奏のお仕事、MIDIデータを用いた録音の仕事や作曲、ヴァイオリンでの本番や、もちろんピアノソロや室内楽の本番、ピアノの講師とコンクールのスタッフ、色々な仕事を抱えてやっていく中で、自分の中でのON,OFFの切り替えの大事さが身に染みてよくわかるようになりました。

まず、人間は休まなければいけない。

これは、当たり前のようで、忙殺されていたり「睡眠時間があまりなくても平気」と自分の体質や能力以上のことができると無意識に勘違いし始めた時に、見落としがちな真理なのです。

社会人になるにあたって、最初は自分でペース配分ができない(というか、初めて取り組む質の仕事が多かったので、「これはこのくらいでできる、これくらいはできないと、後々きっとやっていけない」という、自分の経験に基づかない、予想や見当の世界で生きていた期間があった)ので、かなり無理をしていました。と言いますか、無理をしている時ってなかなかその時は気づかないので、後々になって「あれは無理をしていた」と気づかされました。

この時期に共通して言えるのは、次々に仕事をこなすことに必死になって、きちんと休んでいなかった、あるいはじっくり物事に取り組む心の余裕がなかったということです。最初の話に戻りますが、今年末年始でゆっくりできている時期を経験しつつ、ストイックな時期は本当にストイックに取り組んで、休む時期は勉強だけでなく本を読んだり、テレビを見て世の中の人、歌、もの、文化やバラエティに触れ合ったり、そういう人間的なメリハリもまた、本当に大事なのだなぁと思いました。

何より、相乗効果があります。ストイックに物事を追い求めている時期は、執着もあるので気鋭の時間。休む、リラックスをしている時間は、何かを厳しく見つめている時には気づかない心の働きや、視野の広さ、生きる喜びを大いに味わう時間。音楽は光から闇、色彩の豊かさから感情の幅広さ、祈り、激動の様子、狂気や静けさ……本当に様々な要素が絡み合って成り立っている分野なので、ストイックさだけではなく、ゆったり構える時間や気兼ねない時間、その両方を大切にすることで、音楽的にも人間的にも成長していこう、そう思いました。

一人の音楽家であり人間として、まとまってゆっくりできる期間が持てたので、ここに思いをまとめました。

 

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音楽大学、同大学大学院ヴィルトゥオーゾコースを修了。 音楽でしか表現出来ない世界に魅せられ、独学で作曲を勉強する。 大家の作品の演奏のみならず、「この世にかつてない、新しい音楽を作る」「自分の感じる世界を余すことなく表出する」という理念の元に、創作や独自の響きの研究も行っている。大学の専攻はピアノだが、ヴァイオリンも演奏する。