憲法のはなし①憲法の意味

本日はこれまでと少し趣向を変えて、とてもお堅い話をしてみたいと思います。テーマは「憲法」です。現在、日本では憲法改正の議論がこれまで以上に活発になってきています。この意味で、日本人の憲法に対する関心は全体的に高まってきていると言えるのではないでしょうか。マスコミでは、「憲法9条」、「硬性憲法」、「安保法制」などといった、憲法に関するキーワードが飛び交っていますね。これほどまでに憲法への関心が高まりつつある日本ですが、学校では憲法についてほとんど教わりません。科目としては「公民」のなかで憲法の話が出てくると思いますが、この科目自体が社会科の中では日本史や世界史と比べてマイナーですね。というわけで、日本人は教育のなかで憲法の原理や基本概念に触れる機会がほとんどないのにも関わらず、その改正や内容についての議論を行ってしまっている状態と言えます。これでは中身のある議論ができるとは到底思えません。ある事物Aについて議論するためには、まず「Aとは何か」を定義する必要があります。これは当然のことのように思われますが、残念ながら日本人の多くがこの当然の手続きを踏まずにいきなり議論を行い、対立し、水をかけあうような状態となってしまっているのですね。本日は、日本社会のこのような状況を鑑みて、まず憲法とは何か、という部分について解説してみたいと思います。あらかじめお断りしておくと、憲法についてはさまざまな学説が存在し、ここで語ることが必ずしも正解ではありません。この記事を読んで憲法により強い関心を持っていただけたら、憲法に関する書籍を読んでみることをおすすめします。

憲法とは、統治団体としての国家の存在を基礎付ける基本法である、とされています。ここで問題になるのは、まず「国家」とは何かという部分です。国家とは、ある地域(領土)に居住する人々が、強制力を持つ統治権のもとに法的に組織されたものであるとされています。領土・人・統治権という三点セットが揃ったものが国家なのですね。そしてその国家の基礎にあるのが憲法ということになります。重要なのは、憲法はただのルールブックではなく、国家と一体となっているということですね。さて、「憲法」と聞いたとき、みなさんはどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。「憲法」というタイトルの本や、「憲法○条」というような条文をイメージする方が多いと思います。これは憲法の姿としては正解なのですが、憲法の持つ性質すべてを表わすイメージとは言えません。どういうことなのか、少し説明してみましょう。

まず憲法の意味について考える必要があります。憲法は多義的な概念だとされていますが、そのなかでも重要な意味が3つあります。1つ目が、「形式的意味の憲法」です。これはその名の通り「形式」を持つ憲法のことです。形式とは、憲法という名の成文の法典(憲法典)という意味です。例えば、「日本国憲法」は日本の憲法の法典を指すので、形式的意味の憲法だと言えます。日本で「憲法」と言ったとき、多くの人が持つイメージはこの「形式的意味の憲法」なのではないでしょうか。しかし、憲法には他の意味もあるのです。

成文であるか不文であるか、つまり法典があるかないかを問わず、ある特定の意味を持つ法を「憲法」と呼ぶこともあります。例えば、イギリスは伝統的に憲法典を持たない国ですが、その代わりにさまざまな法律の集合体を「憲法」と呼んでいます。この場合の憲法は「実質的意味の憲法」と呼ばれます。さらに「実質的意味の憲法」は2つの意味があります。1つめは、「実質的意味の憲法」です。国家は上述の通り、強制力のある権力とそれを実行する機関を持つ組織ですが、この権力の作用や、権力と組織の関係性などを規定するのが「実質的意味の憲法」です。国家があれば「実質的意味の憲法」も存在することになるので、この意味の憲法は歴史的にどの国家にも存在していたとされています。2つめは、「立憲的意味の憲法」です。18世紀以降の自由主義に基づいて定められた国家の基礎法のことで、国家の権力を制限し、人権を保障することを目的としています。立憲的憲法は基本的に成文であり、性質としては硬性である、とされています。ここには、国家の根本的な制度はしっかり文章にする必要がある、という考えが存在しています。硬性憲法とは、立法が改正する資格を持たず、改正のために特別な手続きが必要な憲法のことです。日本を含め多くの国々の憲法は硬性憲法であるとされています。

憲法(近代憲法)には、重要な性質が3つあるとされています。これは、憲法が何のために存在しているのか、ということと関連するので非常に重要です。憲法の1つめの性質は「自由の基礎法」です。近代憲法のもっとも重要な性質は、憲法が自由の法秩序であるということです。上記の通り、憲法は国家の機関や作用について定めているのですが、それに優先して、憲法は自由の規範である人権規範のために存在しているのだとされています。2つめの性質は、「制限規範」です。憲法の1つめの性質「自由の基礎法」としての働きをするために、憲法は国家権力を制限する基礎法である必要もでてきます。近代憲法は、人間(個人)が生まれながらにして平等であること、すべての価値の根源が個人にあることを基礎としています。そのため、国家という政治権力の基礎も個人に存するとされています。国家は個人の存在を脅かす可能性を持つわけですが、そのような事態が生じないように国家の権力を制限する、というのが憲法の役割の1つというわけです。さて3つめの性質は、「最高法規」です。憲法は「最高法規」とされているため、国の法のなかでもっとも強い効力を持っています。例えば、憲法の条規に反するような法律や命令は、違憲であると判断され、効力を有しないこととされています。憲法は、個人の権利や自由を国家権力から守り、保障する役割を持つという意味で、法律とは実質的に異なるものとされ、そういう意味で「最高法規」と呼ばれているのです。日本国憲法第10章は「最高法規」と題されており、10章の冒頭にある97条には「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」とあり、98条には「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」とあります。

上記のような憲法の重要な性質は、日本国憲法の「前文」の次のような文章に記されていると言えます。「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」また憲法は「基本的人権」として国民にさまざまな権利を保証していますね。97条で「侵すことのできない永久の権利」とされている基本的人権には、「自由権」・「参政権」・「社会権」の3つが含まれるとされています。人権については今後詳しく取り上げていければと思いますが、日本国憲法では、14条から40条まででさまざまな権利を保証しています。さらに、14条以下に含まれない人権についても13条で「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定し、幸福追求権として保証しています。こういった条文や権利の性質についても、今後取り上げていきたいと思います。

本日は「憲法の意味」といういささかお堅いテーマで記事を書いてみました。「憲法」という言葉の意味と、近代憲法が持つ重要な性質について、ご理解いただけたでしょうか。冒頭に書いたように、日本では憲法改正に関する議論が活発になってきています。しかし、憲法について体系的な知識を習得する機会がなかった多くの日本人は、本日のテーマにあった憲法の意味や性質について、まったく理解しないまま議論をしてしまっています。これは一般大衆の人々だけではなく、政治家や評論家にも当てはまると言われており、このような状況のまま議論を進めてしまうのは危険であると言わざるを得ません。もし憲法が改正されることになれば、日本国憲法96条の「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」という規定に基づいて国民投票が行われることになるはずですが、憲法の基礎的な知識なしに投票へ行くことにも問題があるでしょう。ここでは、憲法を改正すべきかどうか、という政治的な議論には足を踏み入れませんでした。それはやはり日本国民一人一人が考えて、自分の意見に基づいて投票を行うことが、現在の日本国憲法の規定するところでもあるからです。とはいえ、日本のこの状況下で議論を先に進めることには危機感を持っている人も多いです。私たち一人一人が憲法についてしっかり理解した上で議論できるよう、今後も憲法をテーマにした記事を書いていけたらと思います。

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。