知られざるユーラシア④コーカサス(カフカース)三国

これまでこちらのブログでは、「知られざるユーラシア」と題して旧ソ連の国々について書いてきました。すでに、ロシア、ウクライナ・ベラルーシ、バルト三国(エストニア・ラトビア・リトアニア)という6つの国々について解説してきましたね。これで旧ソ連を構成していた15共和国のうち、ヨーロッパに位置する国々はほとんど扱ったことになります(ヨーロッパに位置する旧ソ連の国で残っているのは、モルドバ共和国のみです)。これらの国々は、他のヨーロッパ各国からアクセスが良いこともあり、観光地としても有名なので日本人のあいだでもある程度の認知度があります。さて、残るは旧ソ連15か国のうち9ヶ国ということになります。これらの国々は、コーカサスや中央アジアといったヨーロッパの圏外、あるいは境界に位置しており、日本においてもまだまだ知名度が高いとは言えないかもしれません。本日は、そんな国々のうち、「コーカサス三国」と呼ばれる3つの国について解説していきます。

コーカサス(カフカース)三国とは、その名の通りコーカサス地方に位置する3ヶ国を指します。3ヶ国とは、ジョージア(グルジア)、アルメニア、アゼルバイジャンのことです。コーカサス地方は、北はロシア、南はトルコ、東は黒海、西はカスピ海に囲まれた地域で、コーカサス山脈を中心とする山岳地帯です。コーカサス地方は北コーカサスと南コーカサスに分かれており、前者は現在ロシア連邦の一部となっています。コーカサス3国は南コーカサスにある国々です。ロシアのチェチェン紛争で知られるチェチェン共和国もこのコーカサスに位置しています。コーカサスは民族、言語、宗教を異にする多様な人々が居住している地域で、前述のチェチェン戦争をはじめとして、数々の紛争が起こってきた地域でもあります。そんな状況のなかにあるコーカサス3国ですが、ジョージア、アルメニア、アゼルバイジャンもそれぞれまったく異なる文化や歴史を持ってきた国々です。「コーカサスCaucasus」はギリシャ語の「Καύκασοςカウカーソス」を語源とする英語の名称で、現在の日本語では英語由来の「コーカサス」が一般的です。また、コーカサスはロシア語では「カフカースКавказ」と言い、ソ連時代はこちらの名称の方が日本語でも一般的に使われていました。ヨーロッパ人を指す古典的な人種分類概念である「コーカソイド」は「コーカサス出自の人種」という意味を持ちます(なお、このような人種分類は、現在では差別的かつ非科学的なものとして否定されています。「モンゴロイド」なども同様です)。

さて、コーカサス三国は上述の通り独自の文化や言語、宗教を持ち、それぞれ異なった特徴を持つ国々です。まずは日本でも時に名前を耳にすることのあるジョージアから見ていきましょう。ジョージア(グルジア)は南コーカサスのなかでも北西部に位置し、北の国境をロシア、東をアゼルバイジャンとアルメニア、南をトルコと接しています。公用語はジョージ(グルジア)語で、この言語はカルトヴェリ語族というコーカサス独自の言語系統に属しています。ジョージア語はジョージア(グルジア)文字という独自の文字で書かれ、この文字はいわゆるアルファベットとはかなり異なっています。ジョージア人の多くはキリスト教のジョージア正教を信仰しており、ジョージアは世界で2番目にキリスト教を国教とした国とされています。

ジョージアはソ連時代、というより歴史上最大の独裁者の一人であるスターリンの故郷としても知られています。このようにジョージアはソ連において重要な役割を果たした国でもありますが、歴史的にはバルト三国やウクライナのようにロシアと対立してきた部分もあります。特に2003年の「バラ革命」では、ソ連時代からの指導者であるシェワルナゼを退陣させ、新欧米派のサアカシュビリを大統領に選任するという、ウクライナの「オレンジ革命」と似た出来事が起こり、ロシアとの対立は決定的となりました。現在ではこのサアカシュビリ政権は倒れ、再びロシアとの関係改善を目指す政権が樹立されましたが、それでも欧米と接近する方針は変わっていません。

これまでジョージアの国名を「ジョージア(グルジア)」と書いてきましたが、2015年まで日本語でのこの国の公式な国名は「グルジア」でした。しかし、2014年の首脳会談において、「グルジア」という呼称を「ジョージア」に改めるよう要請があり、現在では後者が公式な呼称となっています。なぜこのような顛末となったかというと、これはジョージアとロシアの政治的な状況と関係しています。これまでの呼称「グルジア」はジョージアを指すロシア語の名称から日本語に翻字したものでした。そのため、反露的政策を取るジョージアにとって、このような呼称は好ましくないと判断されたのです。一方、「ジョージア」は英語の呼称から来ています。本来、ジョージアはジョージア語で「サカルトヴェロ」といい、「ウルジア」も「ジョージア」もジョージア人にとっては外国語の呼称なのですね。

上記のようにロシアとの対立という対外的な問題を抱えてきたジョージアですが、実は国内にも燻っている問題があります。ジョージア北部に位置するアブハジアと南オセチアは、ソ連崩壊後にジョージアからの独立を求め、南オセチア紛争とアブハジア紛争に発展しました。南オセチアはオセット人という民族が、アブハジアではアブハズ人が主体となっている地域です。さらに、2008年にはこの問題を巡って再び南オセチア紛争が勃発し、この戦争はロシアとジョージアの戦争にも発展しました。結果として、南オセチアとアブハジアは実質的にジョージアから独立した状態となっています。この独立は国際的には一部の国家にしか承認されていないのですが、現在南オセチアとアブハジアではジョージアの実行支配は及んでいません。コーカサスは多民族が入り乱れる地域であることからこのような紛争が起こりやすく、後述するアルメニアやアゼルバイジャンでも同様の問題が起こっています。

さて、ジョージアの南に位置する国がアルメニアです。アルメニアはコーカサス三国でももっとも小さく、面積は岩手県と福島県を合わせた程度の広さです。アルメニアは4世紀に世界で初めてキリスト教を国教にした歴史ある国です。公用語はインド・ヨーロッパ語族に分類されるアルメニア語で、アルメニア文字という独自の文字で書かれます。

アルメニアもまた、ジョージアと同じく民族間の対立を抱える国です。特にコーカサス三国のうちの一つであるアゼルバイジャンとは、現在に至るまで対立関係にあります。アゼルバイジャンはイスラム教徒が多数派を占める国であり、キリスト教徒の多いアルメニアとは宗教的にも対立しています。コーカサスのように民族が入り乱れる地域では各民族の居住地域がはっきりと分かれているわけではないため、国境を引くのが難しい状況となっています。東の隣国アゼルバイジャンの内部には、アルメニア人が多数派を占めるナゴルノ・カラバフという地域があります。ナゴルノ・カラバフ地域は、他の紛争地域の例に漏れず、独立やアルメニアへの帰属を求めてアゼルバイジャンと戦いました。ソ連崩壊前後にアルメニア人とアゼルバイジャン人のあいだでは双方に対する虐殺が起こり、最終的にはナゴルノ・カラバフ戦争に発展しました。この戦争の結果、アゼルバイジャンのなかにあるナゴルノ・カラバフは「アルツァフ共和国」として実質的に独立し、現在ではアルメニア側の支配下に置かれています。

アルメニアの東に位置し、コーカサスでもっとも大きな国がアゼルバイジャンです。アゼルバイジャンはイスラム教徒のアゼルバイジャン人が主体となっているイスラム教の国です。公用語のアゼルバイジャン語はトルコ語の一部とされ、現在はいわゆるアルファベット(ラテン文字)で表記されます。ジョージアなどと比較すると日本人には馴染みのないアゼルバイジャンですが、数学者のレフ・ランダウはアゼルバイジャンの出身です。

アゼルバイジャンは上述の通りアルメニアと歴史的に対立してきました。アゼルバイジャンの領土とされている地域のうち、アルツァフ共和国(ナゴルノ・カラバフ)はアゼルバイジャンの実効支配は及んでいません。また、アゼルバイジャンの領土にはナヒチェヴァン共和国という自治共和国の飛び地があり、ナヒチェヴァン共和国はアルメニアの内部に存在しています。アゼルバイジャンはジョージアやウクライナ、バルト三国のような強固な反ロシア政策は取っていません。ただし、親露の度合いはアルメニアより低く、ロシアとは一定の距離感を持ちながら接している状態です。

次に、三国の経済状況を比較してみることにしましょう。一人当たり名目GDPで比較すると、三国ともに4000ドル前後であり、旧ソ連諸国のなかでは非常に厳しい数字であると言って良いでしょう。アジアの国でいうと、インドネシアやスリランカといった国々と同じ水準のGDPです。コーカサス三国内で比較するとアゼルバイジャンがもっとも高いGDPを誇っています。アゼルバイジャンは産油国であり、豊富な天然資源を保有しています。その結果として三国の中では比較的高いGDPを記録しているのですが、油田を持っている国として経済は低調にあると言わざるを得ません。

ジョージア、アルメニア、アゼルバイジャンというコーカサス三国の特徴を上にまとめてみました。同じ「三国」でも連帯、協調を強めるバルト三国とは違い、コーカサス三国はそれぞれ対立関係にあることが分かりますね。特に、旧ソ連の盟主であり大国であるロシア連邦との関係は、コーカサス三国の立場をそれぞれ異なるものとしている主因であると言えるでしょう。ロシアと対立し、「共通の敵」を持つことで連帯するバルト三国と、ロシアと協調するか敵対するかという問題で揺れるコーカサス三国、という構図が見えてくるようです。残る旧ソ連の国々は、中央アジア諸国とヨーロッパにあるモルドバ共和国となりました。今後も旧ソ連の国々について解説していきますので、お付き合いいただければと思います。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。