知られざるユーラシア⑥モルドバ

これまでこちらのブログでは、「知られざるユーラシア」としてソ連から独立したさまざまな国家を取り上げてきました。これまでに取り上げた国々は、ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)、コーカサス三国(ジョージア、アルメニア、アゼルバイジャン)、そして中央アジア諸国(カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、トルクメニスタン、タジキスタン)で、合計14ヶ国です。旧ソ連諸国は全部で15ヶ国ですので、残るは1ヶ国ということになります。これまで見てきた14ヶ国は、面積、人口、言語、宗教、経済状況などもさまざまで、もともと1つの国だった諸地域にここまで多様性があるのかと驚かされる部分もありました。さて、旧ソ連最後の1ヶ国として残っているのは、モルドバ共和国です。といっても、これといったイメージをお持ちの方は少ないかもしれません。本日はモルドバ共和国について、基本的な情報から解説していければと思います。

モルドバ共和国は、ウクライナとルーマニアに挟まれた場所に位置する国で、ソ連全体で見るとかなり南にある国です。詳細は後述しますが、モルドバは歴史的にルーマニアと非常に近い関係にありました。国土の面積は33 846㎢メートルで、旧ソ連諸国ではアルメニアに次いで2番目に小さな国家です。これほど小さな国なのですが、国土の約12%を実行支配できておらず、この部分は沿ドニエストル共和国という未承認国家に支配されています。ややこしい話ではありますが、旧ソ連各国の解説でこのような例は多く見てきましたね。沿ドニエストル共和国については、後程詳しく見ていきたいと思います。モルドバの人口は3505千人で、この面積にしては多めの人口になっています。

上記の通り、モルドバは南の隣国ルーマニアと深い関係にあります。モルドバとルーマニアは兄弟のような国家だと言っても良いかもしれません。かつてモルドバはベッサラビアと呼ばれており、オスマン帝国の支配下にありました。オスマンがロシア帝国に敗北すると、ベッサラビアはロシア帝国領となります。ロシア革命後、ベッサラビアはモルダヴィア民主共和国として独立しますが、後にルーマニア王国と連合し、ルーマニアの一部となりました。ソ連成立後、1940年にソ連はベッサラビアの割譲を要求して占領、ベッサラビアにはモルダビア・ソビエト社会主義共和国が建国され、モルドバがソ連の一部となりました。モルドバもルーマニアも歴史をさかのぼると、ローマの属州である「ダキア」が起源となっています。ダキアには多くのローマ人が植民したため、原住民もローマ化、つまりラテン語を話すようになりました。

モルドバ共和国の公用語はルーマニア語です。つまり、ルーマニアと同じ公用語を持っていることになります。ルーマニア語はインド・ヨーロッパ語族イタリック語派のロマンス諸語に分類される言語です。ロマンス諸語とはローマの言語であるラテン語から派生した言語のことであり、フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語などが含まれます。ルーマニアとモルドバは、イタリアやフランスなど、ロマンス諸語が話される国とはかなり離れているものの、ローマの言語的伝統を引き継いでいるという意味では、これらの国はすべて兄弟のようなものと言って良いと考えられます。旧ソ連の国家のうち、ロマンス諸語を公用語にしているのはモルドバ共和国のみで、モルドバは言語的に旧ソ連のなかでも特異な存在だと言えるでしょう。

モルドバは宗教的に見ると、キリスト教の正教徒が多数を占めています。これはルーマニアでも同じです。宗教的には、ルーマニアやモルドバはローマ・カトリックではなく、ギリシャ正教に影響下にありました。また、正教の典礼言語は教会スラヴ語とうロシア語に近い言語であったため、ルーマニア語にもスラヴ語の強い影響が見られます。このように、言語的にはローマの影響を強く受けながらも、宗教的には正教という東ヨーロッパ的な要素を持っていることが、ルーマニア・モルドバの特徴です。

外交の面で見ると、モルドバはかなり微妙な立ち位置にいます。言語的・文化的にまったく同一と言って良いルーマニアとは統合の話も出ていたものの、それが実現することはありませんでした。ルーマニアはEUNATOといった西側の組織に参加しているものの、モルドバは現在まで旧ソ連諸国が構成する独立国家共同体(CIS)に加盟しており、バルト三国のようにヨーロッパへ舵を切ることはしていません。一方で、モルドバはEU加盟を目指しているとも言われており、そうなればロシアやCIS諸国との関係悪化は免れないため、今後の動向が注目されています。モルドバは地理的に、旧ソ連でありながら反ロシア的なウクライナと、すでに完全なヨーロッパの一員であるルーマニアに挟まれていることから、今後親ヨーロッパ的な外交をしていくハードルはジョージアなどと比べれば低いのかもしれません。

モルドバと言って明確なイメージを思い浮かべることのできる方は少ないと思います。モルドバと日本はこれまであまり深く関わってくることはありませんでした。しかし、2004年以降に日本でヒットした「恋のマイアヒ」という曲は実はモルドバ出身のグループ「O-Zon」によるものです。つまり、「マイアヒ」に出てくる空耳はすべてルーマニア語の単語なのです。また、モルドバはワインの産地として非常に有名です。旧ソ連でワインが有名な国としてはジョージアがありますが、ジョージアワインは比較的高価なのに比べて、モルドバワインは比較的安価に楽しめるとされています。

経済状況について見てみますと、モルドバの一人あたり名目GDP2017年)は約2,700ドルとなっています。ロシアの4分の1程度の水準となっています。これは北の隣国ウクライナと同程度ですが、ヨーロッパ全体で見ると非常に低い水準です。歴史的・民族的に強いつながりのあるルーマニアの一人あたりGDP10,000ドルを超え、ロシアとほぼ同じ水準にあることを考えると、ルーマニアとの統合という声が出てくるのもわかる気がします。今後、EUへの加盟が具体化してくると経済状況にもかなり影響が出ることが見込まれるため、将来的な動向次第によってはモルドバの経済は成長の可能性を秘めていることも否定はできません。

前述したように、モルドバの面積の約12%は沿ドニエストル共和国という未承認国家に支配されています。「事実上独立した地域」と呼ばれる沿ドニエストル共和国は、ウクライナとモルドバのあいだをながれるドニエストル川の沿岸地域で、ソ連崩壊後にロシア語系住民を中心として創設されました。国際的にはモルドバ共和国の一部と見なされているものの、実際にモルドバの支配は及んでいません。沿ドニエストル共和国の独立宣言により、モルドバとのあいだではトランスニストリア戦争が起こりましたが、すぐに停戦し、現在まで事実上の占領状態が継続しています。沿ドニエストル共和国はロシアに依存した政権運営を行っており、公用語はロシア語、モルドバ語(ルーマニア語)、ウクライナ語となっています。

これまで旧ソ連各国を見てきたなかで、分離独立の例はかなり多かったと思います。沿ドニエストル共和国の場合、ジョージアから独立を宣言しているアブハジア共和国や南オセチア共和国など、立場が近い未承認国家と連帯関係にあります。また、背景は異なるものの、ウクライナからの分離独立及びロシアとの併合を目指すドネツク人民共和国やルガンスク人民共和国も、立場的には同様の状態にあると言って良いでしょう。

本日はモルドバ共和国について解説してきました。旧ソ連諸国のうち唯一ロマンス系の言語を公用語としている点で、モルドバはかなり独自性のある国と言えるでしょう。また、沿ドニエストル共和国という分離独立の問題を抱えているという点では、非常に旧ソ連らしい部分も持ち合わせていると言えます。

これで旧ソ連から独立した共和国を15ヶ国すべて解説してきたことになります。それぞれ非常に多様性があり、うまくまとまっていない部分もあると思いますが、各自書籍等で再確認していただければと思います。15ヶ国すべてを扱ったものの、肝心の「ソヴィエト連邦」という国についてはまだ扱っていません。今後、このシリーズの総集編という意味でも、ソ連という国そのものに向き合う機会を設けることができればと思います。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。