教育について③エリートとはなにか?――旧帝国大学から考える――

以前こちらのブログでは、「大学について①『私学の雄』について」というタイトルで、日本を代表する私立大学である早稲田大学と慶應義塾大学について解説しました。その際、冒頭で旧帝国大学についても触れたのですが、文字数の関係もありあまり詳細な考察はしませんでした。ですが、早慶という上位大学に触れたのであれば、やはりそれを凌ぐ存在感を誇る旧帝国大学についても語っておく必要があるかな、と思っています。

「早慶を凌ぐ」と書いてしまいましたが、旧帝国大学(以下、「旧帝大」)と早慶は上位大学としてよく比較される存在です。言うまでもなく東大、京大は日本社会において別格の大学と考えられており、残りの旧帝大(北大、東北大、名古屋大、阪大、九大)と早慶は、「どちらが優秀か?」「どちらが就職に有利か?」などの観点で比較されることが多いようです。

しかし、上記のような比較はあまりに表層的で単純なもので、大学の存在意義を軽視しているように思われます。そもそも大学という高等教育機関には人間の教育、育成という目的があります。そして、「どのような人間を育てるか」という目的において、各大学は独自性を持っているのです。旧帝大と早慶を比較する際にも、当然ながらこの視点が必要となるのですが、残念ながらそこまで考慮した考察は少数派だと言えるでしょう。

上記の通り、大学を比較する際には、各大学が「どのような人間の育成」を目的としているか、今風に言ってしまえば「どのような人材育成」を使命としているか、という観点が欠かせません。本日は、旧帝国大学が「どのような人材育成」を目的として設立されたのか、ということを考えながら、日本におけるエリート像についても考察できればと思います。

まずは、旧帝大の概要と歴史に触れておきましょう。旧帝国大学とはその名の通り、大日本帝国時代(戦前)に「帝国大学」として設立された大学群を指します。現存する旧帝大は7校で、北から北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学が存在します。また、戦前には日本の植民地である朝鮮と台湾にも、それぞれ京城帝国大学と台北帝国大学が存在しました。後者は現在台湾のエリート大学、台湾大学として現存しています。国内に現存する旧七帝大のうち、東大と京大は別格の大学とされ、それ以外の5校をまとめて「地方旧帝大」と呼ぶことも多くなっています。旧帝大は各大学に同窓組織を持ちますが、大学の壁を超えて「学士会」という同窓組織を持ち、神保町にある学士会館という建物に入れるのは旧帝大出身者のみです。

旧帝国大学のうち、もっとも最初に設立されたのが東大の前身である東京帝国大学です。もともと明治時代にヨーロッパの教育制度に倣った日本最初の高等教育機関として東京大学が設置され、1886年の帝国大学令により、帝国大学という名の大学に再編され、それが後に改称されて東京帝大となりました。

帝国大学の設立根拠になった帝国大学令には、次のような記述があります。「帝国大学ハ国家ノ須要ニ応スル学術技芸ヲ教授シ及其蘊奥ヲ攷究スルヲ以テ目的トス」。現代語でいえば、「帝国大学は、国家に必要なことに対応する学術や技芸を教え、その深遠を追求することを目的とする」と言ったところでしょうか。ここで重要なのは、帝国大学の目的は「国家に必要なことに対応する学術」を教えるということなのです。つまり、国家に貢献できるような人材育成をすることが帝大の目的なのでした。

さて、帝国大学が東京に設立されたあと、1897年には京大の前身である京都帝国大学が設置されます。これに伴い、東京の帝国大学が「東京帝国大学」に改称されるのです。その後は破竹の勢いで帝大が増えていきます。1907年に3番目の帝大として、東北大の前身・東北帝国大学が、1911年に九大の前身・九州帝国大学が、そして1918年には北大の前身・北海道帝国が東北帝大から分離独立します。このあと、朝鮮と台湾にも京城帝国大学と台北帝国大学が設置されました。

1923年の関東大震災のあと、大阪と名古屋の人口が急増します。そして、両都市にも帝国大学を設置したいという要望が出てくるようになりました。そのような背景から、1931年に阪大の前身・大阪帝国大学が設置され、1939年に名大の前身・名古屋帝国大学が設置されました。名古屋帝国大学は最後に設置された帝国大学であり、このあとに帝国大学が設置されることはありませんでした。このような流れで、大日本帝国には9つの帝国大学が設立され、そのうち7校が日本国内に現存し、名門校「旧帝国大学」として現在でも知られていることになります。

帝国大学令の引用からわかるように、帝国大学の目的は「国家に貢献できるような人材育成」だったと言えます。それは、各大学の学部構成を見てもわかります。初期に設置された東京帝大や京都帝大には、理・工・医・農・法・文・経済学部が設置されており、いわゆる理系から文系まで様々な分野に対応していることがわかります。これは、東京のような首都には、工学や医学のような実学だけでなく、法や経済に精通した官僚を育成する必要があったためと思われます。一方、後期に設置された大阪帝大や名古屋帝大を見てみると、理・工・医学部のみの設置となっています。これは、工学や医学といったいわゆる実学が国家に必要な学問だったからと言えるでしょう。

「国家に貢献できるような人材育成」を目的として設置された帝国大学は、結果として官僚・公務員・法曹・医師といった国家のエスタブリッシュメント(国家の意思決定に関与する支配階級)を多数輩出してきました。そしてこの傾向は、帝国大学が旧帝国大学となった現在でもさほど変わっていません。日本社会において、旧帝国大学出身者は伝統的に「エリート」と見なされてきました。その点では、アメリカ合衆国の「アイビー・リーグ」に近い部分があります。アイビー・リーグは、アメリカ東海岸に位置するブラウン大学、コロンビア大学、コーネル大学、ダートマス大学、ハーバード大学、プリンストン大学、ペンシルバニア大学、イェール大学の8大学を指し、アメリカのエリート大学の代表格とされています。旧帝大も同じく「エリート大学」と言って良いと思います。しかし、ここでいうエリートとは、年収が高い所謂「企業エリート」のような表層的なものにとどまらず、政治や社会の意思決定に関与できるような「エスタブリッシュメント」としてのエリートです。

旧帝国大学が、北海道(北大)、東北(東北大)、東京(東大)、中部(名大)、関西(京大、阪大)、九州(九大)といった各地方に満遍なく配置されている点も無視できません。これらの大学は、それぞれ所在する地方に強い影響力を持ちます。入学者の出身地を見ても、それぞれの所在地に偏在する傾向にあることがわかります。このような観点から見ると、旧帝大は国家のみならず各地域に貢献し得る人材を輩出してきていると言えるでしょう。

帝大が旧帝大となるにあたって大きく変化したのが、その学部構成です。上記の通り、東大や京大は設立時からさまざまな学部を設置していた一方で、阪大や名大といった大学は理・工・医学部のみの設置となっていました。しかし終戦後、これらの大学も徐々に学部を増やし、各旧帝大の学部は次のようになっています。

北海道大学(文学部・法学部・教育学部・経済学部・医学部・歯学部・獣医学部・農学部・工学部・薬学部・理学部・水産学部)、東北大学(文学部・教育学部・法学部・経済学部・理学部・医学部・歯学部・薬学部・工学部・農学部)、東京大学(理学部・工学部・医学部・薬学部・農学部・法学部・文学部・経済学部・教育学部・教養学部)、名古屋大学(理学部・工学部・医学部・農学部・法学部・文学部・経済学部・教育学部・情報学部)、京都大学(理学部・工学部・医学部・薬学部・農学部・法学部・文学部・経済学部・教育学部・総合人間学部)、大阪大学(理学部・工学部・医学部・歯学部・薬学部・基礎工学部・法学部・文学部・経済学部・人間科学部・外国語学部)、九州大学(理学部・工学部・医学部・歯学部・薬学部・農学部・芸術工学部・法学部・文学部・経済学部・教育学部)

以上のように、どの旧帝大も総合大学としてさまざまな学部を取り揃えています。また、文系学部と理系学部のバランスも全体的に良いことがわかります。旧帝大の強みとして、この「バランス」も重要な要素だと言えるでしょう。これは特定の専門分野に強みを持つ傾向の強い私立大学とは対照的な部分です。例えば早稲田大学には医学部がなく、これは長年早稲田の弱みとされてきました。慶應義塾大学は医学部を持ちますが、純粋な理学部はなく、理系学部の厚みは旧帝大と比べるといま一つです。

旧帝大のバランスの良さは、入試においても重要となっています。早稲田や慶應のような私立難関大学は受験科目数が少なく、各科目の問題が非常に難しい傾向にあります(「重箱の隅をつつくような問題」と形容されることが多い)。一方、旧帝大はセンター試験と二次試験という2回の受験を経る必要があり、センターの科目数も5教科7科目と多くなっています。(東大や京大は別格ですが)旧帝大の入試においては、あまりに難しい問題を解くことよりも、要領よく満遍なく勉強するバランスが求められている、というのが一般論です。

上記の説明を端的にまとめると、①旧帝大の卒業生は日本社会におけるエスタブリッシュメント(エリート)の構成員の中核となってきたこと、②旧帝大はその学部構成においても入試においてもバランスが良い、という2点が重要です。特に①については、早慶が実業家や企業エリートといった、どちらかというと経済的エリートを中心に輩出してきたのに対して、旧帝大の場合には官僚や公務員、法曹などのエスタブリッシュメントを輩出してきた、という対比が成立する点で重要です。

旧帝国大学や早慶といった高等教育機関は、入試難易度や就職実績、果ては卒業生の平均年収といった指標による安直な比較がなされていることが多いです。しかし、旧帝大と早慶にはまったく異なる設立の目的があり、卒業生の社会における役割にも違いが見受けられます。そのため、上記のような安直な比較をするのではなく、どのような設立趣旨があるのか、ということを比較の基準とするべきではないかと思います。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。