大陸法と英米法①日本の法体系の起源について

最近、こちらのブログでは法や法律について扱うことも増えてきました。理由としては、法の知識は社会生活を送る上でとても重要だと考えられるからです。私たちは何気なく「法」というものに接しています。法は社会を形作るもので、法との関係なしに人間が社会のなかで生きていくことはできません。日常生活を送る上では、法律を強く意識するシーンは専門職にでもついていない限りないかもしれません。しかし、私たちは法というシステムがなければ、このような生活を続けることさえ難しいのです。

一般的に、日本語で「法」といえばそれは日本の法体系、すなわち「日本法」というものを指します。日本法とは、具体的には日本国憲法や民法、刑法、商法などの法律、政令や内閣府令などの命令、条約などさまざまなものを含みます。これらさまざまな要素が複雑に絡み合って、日本社会の秩序を支えるための法というシステムを形作っているのです。

さて、この日本法ですが、歴史的にみるとそのシステムが確立したのは比較的近時のことです。そもそも現代の日本社会の大本が形成されたのは明治維新の頃であり、明治以前と以後では社会の成り立ちはまったく異なっています。日本法はまさに明治維新後の日本社会の根幹にあるシステムなのです。つまり、かなり新しい体系だと言って良いでしょう。では、日本法はどのようにして成立してきたのでしょうか。本日は日本法の成り立ちを、「大陸法」と「英米法」というキーワードを軸に考えていきたいと思います。

1867年、江戸幕府第15代将軍・徳川慶喜は政権を明治天皇に返上(大政奉還)し、王政復古が起こりました。日本には明治天皇を頂点とし、薩長土肥4藩を中心とする新たな政権が成立することとなります。これが後に明治維新と呼ばれる、日本史上もっとも大きな政変です。欧米による植民地化の危機に晒されたアジアに位置する日本は、自らが近代化、工業化を成し遂げ、ヨーロッパ諸国に対抗できる力を保持するため富国強兵政策を実施しました。この段階で、政治、経済、文化、教育など社会のさまざまな要素が一気にヨーロッパ化されていくことになります。近代化のためには、まず社会の基幹システム自体をヨーロッパに近づけなければならなかったのです。その段階で、日本は法という社会の根幹にあるシステムも、同じくヨーロッパ化する必要に迫られました。

1871年には司法省(現在の法務省)が設立され、証書人(公証人)、代書人(司法書士)、代言人(弁護士)といった職業も設置されました。こういった司法制度を整えることによって、「法の支配」を充実させ、法を中心とする社会を目指すようになります。制度だけでなく、当然ながら法の中身も充実させなければなりません。この段階では、まだ日本には憲法や民法、刑法などの法典は存在しなかったのです。ようやく日本は、こういった法典の整備にも乗り出します。

ではどのように法典を作るのか。まずは、先進国であるフランスから「お雇い外国人」としてボアソナードという法学者を雇い、法典の編纂を要請しました。こうして、刑法が1880年に制定されました。民法についてはさまざまな議論が重ねられ、1896年に制定されました。ボアソナードは当然ながら母国フランスの法律(フランス法)を参考に日本の法律

を作り出したのですが、日本人のなかにはドイツの法律(ドイツ法)を支持する声も多かったと言われています。当初ボアソナードはフランス法に基づく民法として「旧民法」と呼ばれる法典を編纂したのですが、日本人のあいだに反対の声が強くなり、この旧民法は施行されませんでした。現行の民法は、旧民法のあとにドイツ法も参考にして編纂されたものだとされています。そのため、刑法や民法といった日本法は、フランス法とドイツ法両方の影響を受けて制定されたというのが通説です。

さて、刑法、民法という名前は出てきましたが、肝心の憲法にまだ触れていませんでした。憲法の制定にあたっては、かの有名な伊藤博文がドイツ(当時プロイセン)に渡り、歴史や文化も含めて研究にあたったと言われています。そして日本の憲法のモデルとしては、ドイツの憲法体系が適格だと判断されました。このような判断のもとに編纂され、1889年に公布されたのが、大日本帝国憲法です。大日本帝国憲法は、実質的にはアジア初の近代憲法であり、日本の近代を象徴する存在だったと言えるでしょう。

以上のように、日本法を構成する民法や刑法、そして大日本帝国憲法は、ドイツ法とフランス法の強い影響を受けて成立したものだということがわかります。ここで、世界における法体系の分類について触れておく必要があります。現在、世界各国にはさまざまな法体系があり、その内容はもちろん多種多様です。しかし、それぞれの法体系は「法系」という大まかな概念で分類されています。特に大きな法系が、大陸法系と英米法系です。大陸法は市民法とも呼ばれ、フランスやドイツといった西ヨーロッパ一体の法体系のことで、その起源をローマ法に持ちます。大陸法の大きな特徴は、成文法を中心としていることです。成文法とは、「民法」や「刑法」などの法典のことを指します。一方、英米法はその名の通りイングランドやアメリカなど、アングロサクソン系の国に広まっている法体系のことです。英米法は大陸法と異なり、判例法を中心としています。判例法とは、法典を編纂するのではなく、積み重ねられた判例が法律として拘束力を持つということです。

これまで見てきたように、日本法はドイツ法やフランス法といった「大陸法」の影響を受けて成立したため、大陸法に含まれるというのが一般的な考え方です。私たちは「民法」や「刑法」といった法典の存在を当たり前のように思っていますが、実はそれは日本が大陸法系の国だからであり、必ずしもそれが普通ということではないのです。むしろ、イギリス人やアメリカ人にとっては、そのような法典が存在していること自体が特殊だと感じられることでしょう。現代の日本はアメリカ文化の影響が非常に強いため、日本の法律がドイツやフランスを参考にしているというのはなんとなく不思議に思われるかもしれません。しかし、アメリカが日本に強い影響を及ぼすようになるのは、むしろ戦後の話なのです。

明治維新のあと、日本は順調に成長して「列強」とまで呼ばれる国になりましたが、第二次世界大戦では敗北を喫しました。戦後、日本はGHQを中心とする連合国の占領を受けるわけですが、その際に法の整備も要求されるようになります。日本が受諾したポツダム宣言には、「日本の民主主義的傾向の復活強化」「基本的人権の尊重」「平和政治」「国民の自由意思による政治形態の決定」などの要求がありました。大日本帝国憲法には民主主義的な傾向は十分にあったものの、より強固な民主化、自由化が求められていました。

当時の日本政府は大日本帝国憲法の改正を試みたのですが、最終的には「マッカーサー草案」と呼ばれるGHQの憲法草案をもとに、まったく新しい憲法が制定されることになりました。それが1946年に公布された日本国憲法です。日本国憲法はアメリカ人による草案が原型となっているので、英米法であるアメリカ法の影響を非常に強く受けています。この憲法の制定の過程には問題があったとされ、「押し付け憲法論」と呼ばれる理論も提唱されていますが、長くなるのでここでは割愛します。また、憲法に限らず、司法制度や行政制度についても、戦後の日本はアメリカ起源の英米法の影響が色濃くなっています。近年では、法曹(弁護士・裁判官・検察官)を養成するための学校として法科大学院(ロースクール)が設立されましたが、これはアメリカの法曹養成機関(Law school)をモデルにしているので、英米法の影響の1つと言って良いのかもしれません。

話が複雑になってしまったので、少しまとめましょう。まず、世界の法の多くは「大陸法」と「英米法」という2つの法系に大きく分類されています。大陸法はフランスやドイツ、英米法はイングランドやアメリカを中心とする法系です。日本の法律は、明治維新後にフランス法やドイツ法をモデルとして制定されました。具体的には、民法や刑法といった法典がドイツ法、フランス法の影響を強く受けています。そのため、日本法は一般的には大陸法に属している、と考えられています。

一方、戦後の日本ではそれまで施行されていた大日本帝国憲法が停止され、日本国憲法という新しい憲法が制定されました。日本国憲法はアメリカ人が起草したため、英米法(アメリカ法)の影響を強く受けています。また。日本国憲法が施行されてから、司法や行政のシステムも英米法の影響を強く受けるようになりました。裁判所の違憲審査制や、法曹養成機関のロースクールなどがそれを代表する存在となっています。

本日は、日本法の起源を大陸法や英米法というキーワードから探ってみました。日本法の確立は日本という国の近代化に不可欠なものであり、まさに現代日本社会の根幹を形成するものです。その成立過程は、本日見たように複雑で興味深いものですね。まずはドイツやフランスという大陸法国家の影響を受け、最終的にはアメリカという英米法国家の影響を受けて成立したのが、日本法という法体系です。大陸法と英米法というまったく異なる法系が1つの体系としてまとまっているのは、まさにハイブリッド型のシステムだと言えるかもしれません。そして、このようなハイブリッド型の法体系は、明治維新や敗戦、民主化といった、日本の歴史そのものを象徴するものでもあるのです。何気なく法律というものに接している我々ですが、法典という堅苦しくてつまらない書物のなかにも、実はこれほどまでに大河的なドラマが隠されていたのかと思うと、少しだけわくわくしてきますね。

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。