教育について④大学の起源としての旧制法律学校

これまで教育について、名門大学を中心とする高等教育機関やその設置目的という観点から論じてきました。また同時に、法曹制度や法律といったテーマも、こちらのブログでは主要テーマとしてきました。教育と法律は、国家や社会について語るとき、根幹的な要素として欠かせないものです。だからこそ、難しい部分もありますが、なるべく多くの文字数をこのようなテーマに割いてきました。

明治維新後に近代化を推し進める日本において、西欧的な学校の設立が急務となっていたのはこれまで書いてきた通りです。東大や早慶といった有名大学が設立されたのはこの時代でしたね。さて、このような高等教育機関の設立が、国家の中枢を担うエリートの要請という目的を持っていたことはこれまでに述べてきた通りです。また、当時の日本では西欧的な法律制度の確立も、教育制度と同じく不可欠と考えられていました。そこで重要だったのが、西欧式の法学教育を行うことができる学校の設立です。

実際、明治期にはさまざまな「法律学校」が設立されました。そして、現在でもこれらの法律学校は存在し続けています。ですが、「○○法律学校」というような名称の教育機関は現在では存在しませんよね。一体どういうことなのでしょうか。実は、法律学校は、のちにほとんどが大学として改組されているのです。つまり、現代に存在する多くの日本の主要大学が、「法律学校」をその起源としているのです。法律学校は「旧制法律学校」とも呼ばれます。

本日はこの「法律学校」を大学のルーツという観点から解説してきます。大学というと「偏差値」、「就職」、「研究」といった観点から比較されることが多いです。これは正当な比較の方法だと思いますが、最近では「雰囲気」とか「学生の質」といった大変漠然とした比較指標を使う人が多いですね。これまでも書いてきたように、大学にはそれぞれ独自の建学の精神や設置理念があるので、まずは各大学の起源をたどってみるのも有意義ではないかと思うのです。というわけで、旧制法律学校とはどのような学校だったのか、またどのような大学が法律学校を起源としているのか、解説していきましょう。

法律学校には、大きくわけて「官立」と「私立」の2種類があります。「私立」は名称通り私立学校を指しますが、「官立」とは現在でいう「国立」のことです。まずは官立の学校から見ていくことにしましょう。

官立法律学校として設置されたのが、司法省明法寮と東京大学法学部です。司法省明法寮ではフランスの法学者ボワソナードが教鞭を取り、主にフランス法を教えていました。一方、東大法学部では英米人の講師が英米法を教えていました。そして、最終的には司法省明法寮も東大法学部に吸収合併されました。いうまでもなく、これらの学校が現在の東京大学法学部の起源となっています。

一方、私立の法学校はかなり多く存在していました。官立の法学校は、上記の通り先生が外国人であったため、フランス語か英語で授業が行われていました。一方、私立法学校の特徴は日本語で授業を受けられることだったと言われています。私立の法学校には、フランス法系の学校と英米法系の学校が存在していました。

仏法系の学校として知られるのが、東京法学校、明治法学校です。一方、英米法系として知られるのが、専修学校、東京専門学校、英吉利法律学校です。のちに他にも法律学校は次々と創設されたのですが、前記の5校が「五大法律学校」と呼ばれ、1880年代に設立されています。名称から推察できる学校も多いですが、東京法学校が現在の法政大学、明治法学校が明治大学、専修学校が専修大学、東京専門学校が早稲田大学、そして英吉利法律学校が中央大学の起源となっています。現在ではどの大学も総合大学として有名ですが、もともとは法律学校だったのですね。早稲田大学と中央大学に関しては、現在でも法学の名門校としての地位を保持し続けています。

さらに、上記の五大法律学校に、帝国大学法科大学、和仏法律学校、日本法律学校、獨逸学協会学校専修科、慶應義塾大学部を加えて、「九大法律学校」とも言うようです。帝国大学法科大学は現在の東大法学部、和仏法律学校は法政大学、日本法律学校は日本大学、獨逸学協会学校専修科は獨協大学、慶應義塾大学部は慶應義塾大学の起源の1つとなっています。

こうしてみると、現在も存続している有名大学の多くが旧制法律学校を起源としていることがわかります。上で挙げた学校をまとめると、現在の東京大学法学部、早稲田大学、慶応義塾大学、中央大学、明治大学、法政大学、日本大学、専修大学、獨協大学が法律学校を起源としているのです。そして、東大や早慶、中央といった大学では、現在も法学部が実績を上げ続けています。

法律が国家の根幹を支える制度だとはいえ、ここまで多くの法律学校を作る必要はあったのでしょうか。法律家を養成するという目的を果たすだけであれば、これほど多くの学校は必要なかったのかもしれません。しかし、法律学校の意義は、決して法学教育だけにあったのではありません。明治時代の日本においては、自由民権運動が盛んになっていました。自由民権運動では、憲法の制定、議会の開設、地租の軽減、不平等条約改正の阻止、言論の自由や集会の自由の保障などの諸権利が要求されていました。このような政治的な運動を通して、明治以降の日本は西洋の国と並ぶ近代国家として成熟してきたのです。

そのような情勢にあって、法律学校は自由民権運動の運動家を育てる政治教育の場としても存在意義を持っていました。つまり、法曹のような法律実務家を養成することだけが法律学校の役割ではなかったのですね。日本の法律学校や大学の法学部からは、政治家や学者など、多様な人材が輩出されてきました。現在の日本の大学における法学部を見てみると、多くの大学では、法学部のなかに法学科と政治学科が設置されています。東大でもそうですし、慶應や中央といった大学もそうです。早稲田は政治経済学部という独自の学部を持つことで有名ですが、これは日本の大学の多くが政治学科を法学部に設置しているからこそ、早稲田の独自性として有名になったのですね。

旧制法律学校のもう一つの特徴は、そのほとんどが実質的な首都である東京に設置されていたということではないかと思います。明治維新後の日本の体制においては、首都の担う機能が非常に大きくなっていました。言うまでもないことですが、首都に高等教育機関を置くことが何よりも優先されたわけですね。以前書いた通り、旧帝国大学に関しては各地方のエリート養成機関として作られているわけですが、東大と京大以外の旧帝大は、20世紀以降に創立されています。法律学校に限らず、東京を中心とする社会トレンドは明治時代からすでに顕著になってきていたことがわかります。

上に挙げた九大法律学校は、すべて東京に設置されたものです。関西はどうだったかというと、同志社政法学校、京都法学校、京都法政学校、関西法律学校という法律学校が存在していました。同志社政法学校は同志社大学の源流の1つに、そして京都法学校と京都法政学校は立命館大学の、関西法律学校は関西大学に起源となっています。関西の私立大学グループとして「関関同立(関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学)」が有名ですが、そのうち3校は法律学校がその源流となっていることがわかります。

以上のように、東京や関西圏のさまざまな大学が旧制法律学校を起源としています。一方、法律学校を起源としない大学は、どのような学校がルーツとなっているのでしょうか?法律学校を起源とする大学と並んで有名なのが、「ミッション系」と呼ばれる大学群です。ミッション系学校は「キリスト教主義学校」とも呼ばれており、キリスト教の伝道局(ミッション)が中心となって設立した学校のことです。日本にはプロテスタント系、カトリック系の学校が存在しています。

ミッション系の大学として有名なのは、上智大学、国際基督教大学(ICU)、立教大学、青山学院大学、明治学院大学、南山大学などです。法律と並びキリスト教もまた、西洋社会を特徴付ける文化であり、日本の教育を西洋化する原動力の1つとなってきたといえるでしょう。ミッション系のうち上智と南山はカトリックに、ICU、立教、青学、明学などはプロテスタント系に位置付けられています。法律学校を起源とする大学の多くが「バンカラ」と呼ばれ学風を特徴としているのに対し、ミッション系の大学の多くは洗練された「お洒落」な学風で知られています。現在では学風以外の特徴を意識する機会はそれほど多くありませんが、キャンパス内に教会があり教授にキリスト教徒が多いなど、やはりミッション系には宗教的な色も残っています。

本日は、現在の多くの大学の起源となっている旧制法律学校というものをテーマにしてみました。早稲田、慶應、中央、明治、法政、日大、専修など、日本を代表する多くの私立大学が法律学校を起源としていることがお分かりいただけたでしょうか。法律は社会の基幹的なインフラの1つであり、それに精通した人材を輩出することは、今でも高等教育機関の使命であり続けているのでしょう。さらに、これらの学校は法学教育を中心としながらも、政治や学問など、他分野の人材も養成してきました。また、慶應は例外として、法律学校を起源とする大学は、現在でもバンカラな学風を保っていることが共通点として挙げられます。最後に少し触れましたが、ミッション系と呼ばれる学校も日本の大学の起源として重要であり、法律学校とともに日本の大学の起源を二分しています。法律学校系の大学とミッション系の大学では、雰囲気だけでなく目指すところにも違いがあり、その点を意識して大学を語る必要があるのではないでしょうか。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。