言語について①日本語以外の日本の言語

日本の公用語が何語かご存じでしょうか。日本語ではありません。英語でもありません。実は、日本の公用語は憲法でも法律でも定められていないのです。しかし、実質的に多くの日本人が日本語を使用しているので、日本語が「実質的な公用語」とされています。このような国は日本だけではなく、例えばアメリカ合衆国にも公用語はありませんが、現実には英語が唯一の支配的な言語となっています。

日本語の実質的な公用語が日本語である、ということはすべての日本人が日本語だけを使用して生活していると考えて良いのでしょうか。もちろんそれは違います。英語や中国語、韓国語を使っている人々もたくさんいます。しかし、これらは多くの場合「外国語」として考えられており、純粋に「日本の言語」と見なされることはほとんどないでしょう。日本には、日本古来の言語でありながら、日本語ではない言語が存在します。それがアイヌ語と琉球語です。

アイヌ語と琉球語という名称くらいは聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。ただ、これらの言語がどのような言語なのかを知っているという方はかなり少ないと思います。「日本語の方言」という印象も強いのではないでしょうか。そこで、本日は日本土着の言語としてアイヌ語と琉球語について解説していきたいと思います。

上述の通り、アイヌ語や琉球語のような言語を「方言」と見なす一般の人も多いようです。この場合の「方言」とは、「日本語の方言」を指しのでしょう。一方、言語学者の多くは、これらは日本語の方言ではなく独立した言語だとしています。実は、言語学には言語と方言の明確な区別は存在しません。この問題は言語の類似性、歴史、文化などさまざまな側面から検討されるのですが、まず言語系統が異なれば、確実にその言語は独立した言語であると見なされます。この意味では、アイヌ語は日本語とはまったく異なる言語系統に属しており、日本語の方言であると主張することはほぼ不可能です。一方、琉球語は日本語と同じ系統に属しているため、「琉球方言」という表現もされています。ただ、琉球語と日本語の差は方言と呼ぶにはあまりに著しいものです。

アイヌ語は、歴史的に北海道や千島列島に居住していたアイヌ民族の言語です。北海道は明治維新以降、日本への同化や開拓が急速に進みました。結果として、アイヌの人々の多くも日本語話者となり、アイヌ語の話者は急激に減少しました。10年以上前の調査結果によれば、アイヌ語の話者は10名前後となっており、風前の灯の状態です。しかし、アイヌ語はアイヌのアイデンティティとして非常に重要な役割を担っており、現在に至るまでアイヌ語復興に関する運動も活発になっています。

上述の通り、アイヌ語は日本語とはまったく別の系統とされている言語です。日本語から借用されたと考えられている単語以外には、アイヌ語と日本語との共通点を見出すことは難しいようです。実際、アイヌ語の例文を見てみると、日本語とは似ても似つかぬ言語であることがわかります。アイヌ語の挨拶として有名な「イランカラプテ」は「こんにちは」を意味します。日本語に借用語として入っているアイヌ語の単語もたくさんあります。例えば、「エトピリカ」、「シシャモ」、「トナカイ」、「ラッコ」など、北方系の動物の名称はアイヌ語由来のものが多く見られます。また、北海道の地名もほとんどはアイヌ語から来ています。「札幌」、「稚内」、「釧路」、「小樽」、「長万部」などは、アイヌ語の名称を漢字に書き替えたものです。さらに、「旭川」や「深川」のように一見日本語のように見える都市の名前も、実はアイヌ語から日本語に意訳したものだとされています。

アイヌ語は歴史的に、文字として記されることはありませんでした。そのため、独自の文字体系も存在していませんでした。現在では、アイヌ語もローマ字やカタカナで書かれることが多くなってきています。カタカナで表記する場合、アイヌ語には日本語のカタカナでは対応できない音もあるため、いくつかアイヌ語専用の文字を用います。

アイヌを話す人はかなり少なく、ユネスコによる「危機に瀕する言語」のなかでも深刻な部類に位置付けられています。一度話者数が減った言語を復興させることは大変難しく、復興はかなり困難な状況になってきてしまっています。しかし、学術的、文化的にはアイヌ語に対する関心も比較的高いと感じます。例えば、北海道大学や早稲田大学など、多くの名門大学でアイヌ語の講義が開講されており、受講者も多いようです。また、TVアニメ「ゴールデンカムイ」でもアイヌ語がかなりフィーチャーされているので、アニメ経由でアイヌ語に触れる人も増えているのではないでしょうか。

さて、次に琉球語について触れてみたいと思います。琉球語は、沖縄県と鹿児島県奄美諸島で用いられる言語です。言語系統としては、日本語族に含まれる琉球語という独立した言語と見なす立場と、日本語の方言と見なす立場が存在します。ここでは前者の立場をとって解説していきたいと思います。

琉球、つまり沖縄や奄美は、歴史的に琉球王国という独立した国であり、明治時代の琉球処分によって日本に組み込まれました。そのため、独自の文化を持ち、琉球語が話されていました。しかし、明治以降には琉球語の使用が禁止されるなど、日本への同化政策が強くなり、現在の沖縄では日本語話者が琉球語話者よりも圧倒的に多くなっています。

琉球語は上述の通り、沖縄と奄美で話されている言語ですが、言語内にいくつもの方言が含まれており、例えば沖縄本島の言葉と石垣島の言葉はまったく異なっています。そのため、琉球語のなかにあるいくつもの方言をそれぞれ独立した言語と見なすこともあるようです。琉球語のうち中心的な地位を占めるのが、琉球語沖縄方言、あるいは沖縄語です。琉球語沖縄方言は「うちなーぐち」として有名な言語で、沖縄県の南部で話されています。うちなーぐちは、琉球王国時代に首都の首里を中心に話された標準語だと言われています。つまり、現在の日本語の標準語のような機能を果たしていた言葉なのですね。

琉球語はアイヌ語と違い、文字で書かれる伝統のあった言語です。というのも、琉球語が話された琉球王国は立派な国家であり、行政文書や文学作品なども多く残されているのです。琉球王国には日本の和歌のような伝統があり、これは「琉歌」と呼ばれています。琉球王国時代の歌謡集として16世紀から17世紀にかけて編纂されたのが『おもろそうし』です。このように、琉球語(特にうちなーぐち)は文字で書かれる言語(文語)としての側面があったため、アイヌ語と異なり多くの資料が残されています。

さて、琉球語の話者数についても触れておきましょう。琉球語の話者数は琉球語沖縄方言(うちなーぐち)だけでも約98万人とされており、アイヌ語と比較するとかなり多くの話者が存在していることになります。ただし、彼ら全員が琉球語を流暢に話させるかというのはまた別の問題でしょう。すでに述べたように、琉球語と日本語は系統的に類似した言語であるため、言語の混淆が起きやすくなっています。最近では、沖縄的な日本語の方言として「ウチナーヤマトグチ」というものが知られています。これは、沖縄のエッセンスを含んだ日本語であって、琉球語ではありません。

本日は日本語以外の日本語言語として、アイヌ語と琉球語を扱ってみました。「方言」と勘違いされることも多いこれらの言語ですが、実はかなり独自性のある言語だということがお分かりいただけたのではないでしょうか。また、どちらの言語も話者数が減少していることも重要です。

これまでの近代国家においては、中央集権的な支配体制が一般的であり、その枠のなかで民主主義や人権といった理念が尊重されてきたのですが、グローバル化が進展しつつある状況下においては、そのような国家観も見直されつつあるように思われます。特にヨーロッパにおいては、イギリスでは英語、フランスではフランス語、ドイツではドイツ語、といった単一言語主義ではなく、国内のさまざまな言語を尊重する多言語主義的な政策が歓迎されつつあると言われています。そのような動きのなかで注目されているのが、人権の一種としての「言語権」という概念であり、これはおそらく日本においても応用の効く概念だと言えるでしょう。

とはいえ、日本では「多言語」というと英語、フランス語、中国語、韓国語のような話者数の多い主要な「外国語」を指すことが多いと思います。というより、多くの場合はそのような想定しか存在していないというのが現実でしょう。しかし、多言語の問題は外国語の問題に限られず、国内の日本語以外の言語の問題も含むと解するのが妥当だと思われます。それでも、日本語が日本の実質的な公用語であるという事実は揺るぎないものであり、そこに多言語主義を持ち込むことには大きなリスクやコストが発生します。

外国語を尊重しようとする場合、そこには外交、外政的な問題が発生することは明白です。例えば、英語を準公用語のような地位に位置付けた場合、それは英語圏の一部に組み込まれたことを意味し、日本の主権の問題に関わってきます。一方で、国内の日本語以外の言語に優先的な地位を付与した場合、行政の言語を現地語に切り替えるなど、多大なコストがかかるかもしれません。その場合、税金をそのような目的に使用するのは正当なのか、コストと結果のバランスは妥当なのか、といった問題が浮上してくることも考えられます。人権保障にはこのような比較衡量の問題を考慮することが不可欠なのですが、言語の問題を人権に関わるものとして見た場合にも当然ながら、同様の配慮が必要となるのです。

さて、話がだいぶ飛躍してしまいましたが、アイヌ語や琉球語については、上記のような政策との関連性も考慮する必要があるのではないかと思っています。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。