語源から意味をたどる②――「インテリ」――とはなにか

以前こちらのブログでは、「マイノリティ」という外来語について、語源という観点から考察を試みました。「マイノリティ」は最近話題となっている代表的な外来語ですが、本日は少し古い外来語にもアプローチしてみたいと思います。「インテリ」という言葉は、今となっては一般的というより、もはや少し古臭さも感じるカタカナ用語ですね。今では「インテリヤクザ」や「インテリ男子」といった風に使われることが多いようです。

実は、この「インテリ」という言葉、どうも多少の誤解のうえに使用されているような部分があります。詳しくは後で述べますが、「インテリ」という語の本来の意味は、「知識階級」であり、社会におけるある階級を指す言葉でした。しかし、現在では「なんとなく頭良さげ」程度の意味で使われてしまっているのですね。また、この意味から派生して、社会において上位を占める階級を指す言葉である「セレブ」や「高学歴」といった言葉とも混同されているのですが、「インテリ」はこれらの言葉とも違う意味合いを持ちます。ここでは、「インテリ」の語源をたどることで、本来の意味を突き止めてみることにしましょう。

「インテリ」が何語からやってきた外来語なのか、日本ではあまり知られていないように思います。実をいうと、「インテリ」の語源はロシア語の「インテリゲンツィヤ Интеллигенция」という単語です。ロシア語からさらに語源をたどると、ラテン語が由来となっているのですが、ロシア語から日本語や英語などに移入された言葉と考えてよさそうです。あまり知られていない事実なのですが、日本語にはロシア語由来の言葉がたくさんあります。良く使う単語としては、「ノルマ」、「イクラ」、「カンパ」、「コンビナート」などがあります。これらの多くは、ソ連時代に日本に移入された言葉だと考えられます。

さて、「インテリ」の語源である「インテリゲンツィヤ」にはどのような意味があるのでしょうか。「インテリゲンツィヤ」は、直訳すると「知識階級」という意味になります。と言われても、あまりピンときませんね。まず「知識階級」という言葉の意味を特定しておきましょう。「知識階級」とは、学問を修め、それを社会や国家に役立てる人々のことを指します。いささか大雑把すぎる定義という感じもしますが、「知識階級」というのは、「資本家」や「労働者」、「上流」や「下流」のような、経済資本を基準とした階級の分類ではないので、明確な基準を設けるのが難しいのです。つまり、お金持ちでも貧乏人でも、学問を修めてそれを世のために役立てようという人間であれば、どちらも「知識階級」と見なすことが可能なのです。

上記のような定義をすると、「インテリ」とは、単に「頭がいいっぽい」人というよりは、「学問を修め、その文化資本を用いて社会に貢献しようとする人」といった方が良いでしょう。なお、単に教養がある人やそれをひけらかそうとする人に対しては、「スノビスト」や「ペダンティスト」といった言葉を使うことが多いです。「スノビスト」・「ペダンティスト」と「インテリ」にはかなり大きな違いがあるとわかりますね。

また、「インテリ」は上述の通り、経済資本の多寡によって定義付けられる階級の区分でもありません。ということは、「インテリ」は「セレブ」とは似ても似つかない概念であるということがわかります。ここで、「セレブ」の意味についても少し考える必要があります。「セレブ」の語源は英語の「Celebrity」なのですが、実はこの言葉は「有名人」や「著名人」を指します。一方、日本語の「セレブ」は多くの場合「金持ち」、「富豪」といった意味合いを持つのです。英語の「Celebrity」が知名度を基準としているのに対し、日本語の「セレブ」は経済的な豊かさのみを基準としているのですね。「インテリ」はそのどちらにも当てはまりません。「インテリ」は知名度によっても、経済資本に多さによっても定義付けられないからです。極端な話をすれば、年収が1兆円でも、1円でも、同じ程度の文化資本(学問や教養)を身に着けており、同じように社会に役立てようとしているならば、それは「知識階級」、すなわち本来の意味での「インテリ」と見なすことができるのです。

ここで問題になるのは、「高学歴」と「インテリ」の違いですね。両者を厳密に区別することは難しいですし、もしかしたらその必要性もないのかもしれません。よって、ここからは個人的な意見となります。「高学歴」とは、厳密には大学以上の高等教育を受けた人のことを指しますが、いわゆる大学全入時代の到来にともなって、現在では一部の難関大学卒業生を指すようになっています。また、大学学部卒ではなく、大学院修了以上の人のみを「高学歴」とすることもあります。いずれにせよ、当然ではありますが、「高学歴」というのは「どの学校を卒業したか」という客観的事実のみによって定義されるものです。「高学歴」であれば一定の文化資本を伴っている人は当然多いはずですが、すべての人がそうとは言い切れません。また、文化資本に恵まれているからと言って、それを社会に役立てようとしない高学歴の人もいるはずです。そうなると、「高学歴」の人であっても、「インテリ」の厳密な本来の定義からはずれる人がでてくるのです。このように考えてみると、「インテリ」=「高学歴」という構図は崩れてきます。それは当然のことです。なぜなら、難関大学を卒業していない人のなかにも、一定以上の知識や教養を身につけ、かつそれをもって社会に貢献している人々はいるからです。よって、「インテリ」と「高学歴」は似ている部分もあるものの、本質的にはかなり相異なる概念だと言えるでしょう。

上記の考察を踏まえると、現代日本での「インテリ」の用法はこの言葉の本来の意味とはかけ離れつつあるということが分かります。さて、それでは「インテリ」の由来であるロシアではどうなのでしょうか?ロシアで「インテリ」という言葉が生まれてきた背景にも触れておきましょう。

ロシアでは、19世紀から20世紀にかけて「知識階級(インテリゲンツィヤ)」という言葉が多用されるようになってきました。その背景としては、絶対王政を基盤とする封建的社会が徐々にほころびはじめ、社会主義や革命思想などが流行しつつあったという世相があります。学問や知識を身に着けた貴族やブルジョワ階級の人々が、次第に社会主義を中心とするさまざまな思想に取り組むようになり、革命の到来が近づきつつある時代でした。このような人々を「知識階級」、つまり「インテリ」と呼ぶようになったのです。さらに、知識階級の貴族やブルジョワたちは、農民や工場労働者たちにも自らの知識を提供し、教化・啓蒙することで思想の普及を図っていきました。

封建的な社会においては、貴族・ブルジョワ・農民といった階級はそれぞれ分断されており、話している言語もまったく異なっていました。貴族はフランス語で会話していましたし、ブルジョワと農民の話すロシア語もそれぞれ異なっていたと考えられます。しかし、この頃の運動を契機として、農民や労働者のなかにも、貴族やブルジョワに匹敵する知識を持ち、彼ら自身の立場から意見を表明する人々が現れてきます。このような流れで、農民のような「下層」と見なされていた人々の一部が「知識階級」のなかに取り込まれ、社会において発言権を持ち、社の変革を推進する大きな力となっていったのです。上で、「インテリ」は経済資本の多寡では定義付けられない、と書いたのはそのためです。本来「階級」とは経済的な地位とほぼイコールだったわけですが、「知識階級」という存在は経済資本ではなく、文化資本によって位置付けられるものだったため、どんなに貧乏でもそこに帰属することは可能だったのです。

このようにして、多くの農民や労働者といった下層階級の人々が知識階級に属するようになると、彼らの数は圧倒的だったこともあり、社会変革は急速に進展することになります。封建的な政権、すなわち絶対王政を握る皇帝を打倒し、自由で平等な民主的な国家を作るために、知識階級が奔走するようになるのです。結果として、ロシアではロシア革命が起きるわけですが、さまざまな要因が重なって民主主義政権でなく、独裁的な社会主義政権が確立されました。結果はどうであれ、ロシア革命のような大規模な社会的変革を起こすエネルギーを持っていたのが、ロシアの知識階級だったのです。

話の舞台を現代の日本に戻しましょう。上でみたようなロシアの「インテリ」事情を踏まえると、現代日本における「インテリ」という言葉の使い方にはやはり腑に落ちない部分がありますね。日本においては「インテリ」がさまざまな外来語と混同されてしまったという問題もあるのですが、日本語の「インテリ」は内面的というよりは、外面的な人の特徴を基準としているのです。主観的というよりは、客観的、と言い換えても良いでしょう。例えば、「インテリやくざ」はたいてい眼鏡をかけていますし、「インテリ芸人」は高学歴です。つまり、客観的にわかりやすい記号を持っているのです。一方、本来の意味の「インテリ」、すなわち知識階級は、知識を持ち、それを社会に役立てようという志向を持っています。

知識も志向も、目に見えない主観的な特徴なのですが、まさにその特徴こそが、本来の「インテリ」を定義つけているのです。このわかりにくさが「インテリ」という言葉の使い方に混乱を招いているのでしょう。能ある鷹は爪を隠すと言いますが、本当に知識を持ち、それを社会のために用いようとしている人間は、「インテリ」と呼ばれることもなく、静かにその役割を果たしているのかもしれません。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。