言語について②多言語主義社会における外国語学習のすすめ

以前こちらのブログでは、「英語帝国主義」という概念を使って、世界の多くの地域で英語に対する懐疑的な声が挙がっていることを述べました。世界各国ではすでに、多くの人々が英語を日常的に用いるようになっており、だからこそ英語以外の言語の地位が脅かされ、英語帝国主義のような考え方も広まっているわけです。一方、日本では最近ようやく英語を積極的に使う動きが活発になってきたところです。つまり、日本人が英語帝国主義、英語脅威論のような概念を実感するには、まだまだ時間がかかると考えて良いでしょう。

世界はグローバル化の波に晒されています。日本人の多くは、「グローバル化=英語化」というアメリカ(アングロサクソン)中心主義的な思考から抜け出せずにいるようです。一方、日本のエリート層、知識人のなかには、これとは少し異なる考え方も広まりつつあります。一部では「グローバル化=多文化・多言語化」という構図が注目されているのです。例えば、早稲田大学はこれまで英語による授業を積極的に取り入れてきましたが、最近では外国人学生に対してあえて日本語の授業を必修化する動きも見られます。ここには、教育の言語を英語に一本化するのではなく、多言語での教育を活発化させるという意図が現れています。

実際、英語中心ではない多言語主義というのは、日本社会において今後ますます重要になってくると思われます。第一に、日本に来る外国人の多くが、英語話者ではないという点に注意する必要があります。在日米軍などのアメリカ人を除いて、日本の外国人は多くがアジアや南米の国々からやってきており、彼らにとって英語は外国語なのです。昨年末、入管法(出入国管理及び難民認定法)の改正案が成立しました。入管法は外国人の滞在や在留資格について定めた法律です。これまで日本では、就労目的の外国人の入国は比較的厳しく制限されていました。しかし改正入管法が施行されると、一定の技能を持つ外国人が就労目的で入国、滞在できるようになります。これによって、数十万人の外国人が日本にやってくると言われています。

外国人労働者は、どのような国から日本へやってくるのでしょうか。答えはアメリカでもヨーロッパでもなく、東南アジアや南米ということになるでしょう。東南アジアでは、例えばシンガポールは英語圏ですが、それ以外の国ではそれぞれの民族語が公用語となっています。南米の公用語はスペイン語とポルトガル語です。つまり、英語はあまり通じません。そのような人々が日本へやってきて英語で話しかけられても、彼らとしても困ってしまうでしょう。そもそも在留資格には、日本語能力に関する規定はあっても、英語に関する規定はありません。ということは、彼らは基本的な日本語を理解できるはずですが、英語を理解できるという保証はありません。日本にやってくる外国人と会話するならば、その外国人の出身国の言語を学ぶのが手っ取り早いということになります。

第二に、外国語を情報取得のツールとして考えた時、英語の情報にはあまり新規性がありません。どういう意味かというと、英語で展開されている情報は、多くの場合日本語にも翻訳されているのです。当然のことではありますが、日英翻訳・英日翻訳に従事している翻訳者は星の数ほどいるわけです。英語の情報は彼らによって、日々翻訳され続けています。ということは、英語の情報は日本語でも入手できてしまうわけですね。これが例えば、ビルマ語(ミャンマー語)やポルトガル語で発信された情報だったらどうでしょう。これらの言語から日本語に翻訳される情報は相対的に少なくなり、情報の希少性が生まれてきます。このように考えると、英語以外の外国語を習得することによって、希少性や新規性のある情報へのアクセスが容易になるというメリットがあるのです。

英語以外の外国語を学ぶメリットとして、①日本在住の外国人とのコミュニケーション、②新規性のある情報へのアクセスという2つの理由を上に挙げました。もちろん、外国語学習で得られる結果はこの2つに留まるわけではありません。他にもさまざまなメリットを挙げることができますが、きりがないのでこれくらいにしておきましょう。次に、実際どのような外国語を学べば良いのか、考えていきましょう。

需要と供給という観点から言えば、これから外国語を学習する際にはアジアの国で話されている言語を学ぶのが良いと思われます。まず、中国語は定番の言語として学んで損はないでしょう。中国語は世界最大の話者数を誇り、国連公用語6言語のうちの1つにもなっています。中国語は中国だけでなく、台湾やシンガポールでも公用語となっていますし、華僑コミュニティは世界中にあるので、世界中で使える言語といっても過言ではありません。中国語に次いで人気な言語は、韓国語でしょう。韓国語の話者数はそれほど多くなく、使用される国も韓国と北朝鮮のみですが、日本にはコリアンが多いので存在感は強い言語だと思います。ただ、韓国の人は日本語を理解できる人も多いため、韓国語を使う機会があるかどうかは微妙なところです。

次に、東南アジアの言語を見ていきましょう。入管法改正により東南アジアからやってくる人々は多いと考えられ、今後東南アジアの言語の需要はかなり上がってくることでしょう。入国者数でいうと、中国人や韓国人に次いで日本へ入国しているのがタイ人です。最近ではタイ料理もかなりメジャーになってきましたが、やはり日本にタイ人が増えているという事情もあるのでしょう。タイ語はタイを中心に2600万人の人々に使われている言語です。タイ語はタイ文字を使っており、まず文字を覚えるところが少しネックになるかもしれません。タイ語は隣国ラオスの公用語であるラーオ語と非常に近い関係にあります。タイ語を学べば、ラオスの人々とも会話をできるというメリットがあります。東南アジア諸国のうち、タイについで日本入国者が多いのはマレーシアです。マレーシアの公用語はマレー語(マレーシア語)で、ラテン文字で表記されます。マレー語はマレーシア、シンガポール、ブルネイの公用語となっています。さらに、インドネシアの公用語であるインドネシア語はマレー語とほぼ同じ言語です。マレー語を学べば、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、インドネシアの人々と会話できるという点で、かなり利便性の高い言語と言えるでしょう。マレーシア人の次に日本入国が多いのはフィリピン人ですが、フィリピンの公用語であるタガログ語(フィリピン語)も、マレー語と類似した言語とされています。

ベトナム語の存在も忘れてはいけません。ベトナムは日本や韓国と同じく漢字文化圏にあったため、語彙には共通する点も見られます。現在ベトナム語はラテン文字で綴られますが、中国語のように声調のある言語なので、日本人には発音の習得が難しそうです。その他の東南アジアの言語として、最近注目されつつあるのがミャンマー語(ビルマ語)です。東京の高田馬場等にはミャンマー人街が形成されており、ミャンマー人と接する機会も増えつつあります。ミャンマー語はビルマ文字というかなり特徴的な文字を使うので、文字を覚えるのが壁になりそうです。

次に、ヨーロッパ系の言語を見ていきます。上述の通り、日本にはブラジル人やペルー人など、南米からの労働者が多いとされています。南米の多くの国ではスペイン語が公用語となっており、日本社会でもスペイン語の需要は比較的高いと言えます。スペイン語の話者数は4億人を超え、中国語と英語に次ぐ人口を誇っています。また、中南米を含め約20ヶ国の公用語や国連公用語となっており、ヨーロッパの言語としては圧倒的なポテンシャルを持っているのがスペイン語です。日本にはブラジル人が多いというのも良く知られています。特に愛知県や群馬県にはブラジル人街があることも有名です。ブラジルの公用語は、ポルトガル語の1種であるブラジルポルトガル語です。ポルトガル語はブラジルやポルトガルなどの公用語となっており、2億5千万人の話者数を誇る言語です。スペイン語と非常に近い関係にあるため、スペイン語とポルトガル語ではある程度意思疎通も可能です。日本は戦国時代からポルトガルとの交易を行っていたため、「パン」をはじめとして日本語にはポルトガル語からの借用語も多く見られます。このように、日本国内での需要を考えると、スペイン語とポルトガル語は学ぶのに最適な言語と言えそうです。

ヨーロッパの国のうち、日本と唯一国境を接しているのがロシアです。ロシアとのあいだには北方領土問題もありますが、北海道や本州の日本海側を中心として、交流もかなり深いと言えます。北海道の稚内や根室では、道路標識や地図などがすべてロシア語で表記されており、ロシア人の多さを感じることができます。ロシアの公用語であるロシア語は、2億7千人の話者数を誇ります。ロシア語はロシアだけでなく、ベラルーシやカザフスタンの公用語にもなっており、旧ソ連各国でも通用します。ロシア語はキリル文字で表記されるため、まず文字を覚える必要はありますが、キリル文字とラテン文字は対応関係にあるため、タイ文字やビルマ文字を覚えるほどの手間はかかりません。

フランス語やドイツ語などの言語も、特に学術用語としては重要な地位を占めます。ただ、日本における実際のコミュニケーションで使用する頻度でいえば、ポルトガル語、スペイン語、ロシア語が学習に最適な言語と言えそうです。

本日は、日本社会のグローバル化という観点から、英語以外の外国語を学ぶ意義を検討し、具体的にどのような言語を学ぶべきか考えてみました。実際にどのような言語を学ぶかは個人の自由に委ねられていますが、時代の流れをみると、英語に拘泥せず、日本で使う頻度の高い言語を学習する方が、学習の費用対効果としては高いと考えられます。グローバル化=多言語主義という考え方は、すでに日本のエリート層では一般的な認識となりつつあり、いずれこのような考え方は一般大衆にも広まっていくのではないかと思われます。

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。