教育について⑥専門職大学院とはなにか

本日は、近年良くも悪くも注目されている専門職大学院について解説していきたいと思います。専門職大学院は普通の大学院とどのように違うのか、また諸外国に同様の制度はあるのか、といって点を追求していきましょう。まず、前提として、戦後日本の高等教育について振り返ってみます。

日本では高等教育といえば、基本的には大学学部課程の教育を指すことが多いように思われます。近年は「大学全入時代」とも呼ばれ、約60%の生徒が大学へ進学しているとされています。この数字も、他国の進学率と比較すると必ずしも高いものではありません。というのも、日本では大学の学費が高額であり、かつ高卒や専門学校卒でも就労することがそれほど難しくないからです。それでも、戦後日本では大学進学率が徐々に高くなってきたことは事実です。

大卒者が多くなるにつれ、大学院進学者も増えてきました。大学院とは、大学学部課程の上位にある教育課程であり、日本の場合は2年間の修士課程(または博士前期課程)とその上の博士課程(または博士後期課程)に分かれています。修士課程を終えると「修士」の学位が、博士課程を終えると「博士」の学位が授与されます。以前は大学院には大学教員や研究職志望の学生が進学していましたが、近年ではその他の学生も進学するようになりました。

このような状況のなかで、21世紀を迎えた日本では、さらに新しい高等教育機関を作ろうという動きが活発化してきました。元来大学や大学院というのは、学問追求の場であり、決して社会に貢献するための技術や人材を培う場所ではありません。しかし、大学は職業人の養成、言ってしまえば社会の役に立つ人材育成という機能を担うようになりつつありました。この傾向は、特に学部教育で顕著だったと言えます。

学部を卒業した人は、企業等に入り、そこで教育を受けて職業人になる、というのがそれまでの日本社会の人材育成でした。ただ、この場合、大学で勉強した内容と会社で勉強する内容は必ずしもリンクするものではありません。一方、大学院は純粋な学問探求の場という意識が強く、大学院における職業人育成というのはあまり現実的ではありません。そこで日本は、理論と実践を体系的に学び、専門的な知識を持った職業人を養成するために、新しい大学院を設立することにしました。こうしてできたのが、いわゆる「専門職大学院」です。

大学院や専門職大学院の設置根拠となっているのは、学校教育法という法律です。学校教育法第99条には、大学院について次のように定めています。「大学院は、学術の理論及び応用を教授研究し、その深奥をきわめ、又は高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培い、文化の進展に寄与することを目的とする」。要は、普通の大学院は、「学術の教授研究を通じて、文化の進展に寄与することを目的」としているのです。

一方、専門職大学院については、99条第2項で次のように定めています。「大学院のうち、学術の理論及び応用を教授研究し、高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培うことを目的とするものは、専門職大学院とする」。専門職大学院は、「学術の教授研究を通じて、高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培うことを目的」としている、つまり「文化の進展」を目指す普通の大学院とは異なり、「職業のための能力」養成にクローズアップしているのです。専門職大学院の教育を受けた人材を「高度専門職業人」と呼んだりします。

専門職大学院で教えられる学問は、その設置の目的からして、「実学」つまり直接的に社会の役に立つ学問に限られます。具体的には、法学、経営学、会計学、教育学、臨床心理学、技術経営、公共政策、公衆衛生学、知的財産、といった分野が専門職大学院の専攻となっています。また、専門職大学院のカリキュラムは職業養成に近いので、修了生は公的資格取得で優遇されることも多くあります。例えば、法科大学院修了者には司法試験受験資格が与えられ、会計専門職大学院修了者は公認会計士試験、知的財産専門職大学院修了者は弁理士試験、臨床心理専門職大学院修了者は臨床心理士の試験の一部科目が免除されるなどの特典があります。

このように、単に大学院での学びだけでなく、資格取得も専門職大学院進学の理由となっています。また、専門職大学院の目的は職業能力開発なので、教育訓練支援給付金の対象になっており、学費として雇用保険の給付金を受け取ることが可能になっています。

上記の通り、普通の大学院を修了すると「修士」か「博士」の学位が与えられます。一方、専門職大学院では、それぞれの専攻課程独自の「専門職学位」が与えられます。専門職学院の種類としては、下記のようなものがあります。

法務博士(専門職):法科大学院

会計修士(専門職):会計専門職大学院

MBA(経営学修士(専門職)):経営大学院

教職修士(専門職):教職大学院

公共政策修士(専門職):公共政策専門職大学院

公衆衛生学修士(専門職):公衆衛生専門職大学院

知的財産修士(専門職):知的財産専門職大学院

臨床心理修士(専門職):臨床心理専門職大学院

「法務博士(専門職)」や「会計修士(専門職)」のように「(専門職)」がついていることで、これらの学位が専門職学位であることがわかります。普通の大学院の学位は、「修士(文学)」や「博士(医学)」のように、括弧内には学問分野の名称が入るのですが、専門職学位の場合は、「専攻分野+学位名+(専門職)」という構成になっているのです。

法務博士やMBAといった学位は、もともとアメリカ合衆国を始めとする欧米諸国で授与されていた学位です。高度専門職業人の養成校としての専門職大学院というシステムも、欧米諸国の教育制度に倣った部分が大きいと言われています。例えば、アメリカ合衆国には「プロフェッショナル・スクールprofessional school」と呼ばれる高等教育機関があり、ロースクール(法科大学院)、ビジネススクール、メディカルスクールなどがこれに含まれます。フランスでは、伝統的に高度専門職業人の養成校がエリートコースとして知られていました。このような学校を「グランゼコールGrandes Écoles」と呼び、高等師範学校、パリ政治学院、国立行政学院、国立司法学院、エコール・ポリテクニーク、ESCP EUROPEなどの名門校が含まれます。グランゼコールは入試が非常に難しく、合格者はフランスのエリートとされます。フランスではパリ大学などの有名大学よりも、グランゼコールの方が優秀とされていることは有名です。

このように、アメリカやフランスの制度に似たシステムを持つ日本の専門職大学院ですが、その評価はどうなっているのでしょうか。法科大学院については、昨今司法試験合格者が少ないことや、入学希望者が減少していることが問題とされています。法科大学院の場合、東大などの名門国立や早慶など一部の大学院に学生が集中し、それ以外の大学は定員割れするような状況となっています。他の専門職大学院でも同様の問題が生じてきており、欧米の大学院のような理想とは遠い結果となっています。

しかし、ネガティブな面が強調されがちな日本の専門職大学院にも、メリットは多くあるように思われます。従来、大学院は学部で基礎教育を受けた学生が進学できる制度でした。そのため、学部時代とは別の分野を初学者として学ぶためには、まず学部教育を受けなおす必要がありました。一方、専門職大学院では、初学者を前提としたカリキュラムを組んでいる学校も多く、学部まで別の分野を学んでいた人でも入学することができます。当然、短期間(例えば1年間)で学部レベルの知識を身につける必要があるため、朝から晩までみっちり勉強する必要が出てきますが、学部に入りなおして密度の低い勉強をするよりははるかに効率的です。

また、専門職大学院には、いわゆる社会人学生を対象とするコースも多く存在します。そのため、働きながら夜間や土日に通学することが可能な場合も多く、退職のリスクを回避しながらセカンドキャリアを構築できる可能性があります。さらに、専門職大学院は公的資格の受験資格や科目免除資格を提供してくれるコースも多く、効率的に資格取得を目指すことができます。

このように、専門職大学院には、①初学者でも新しい分野を集中的に勉強できる、②社会人でも入学できる場合が多い、③資格取得に有利、といった利点があります。学費が高額である点や学校によっては定員割れしている場合があるなど、デメリットにも目を向ける必要はありますが、上記のメリットにも注目してみて損はないでしょう。このように書くと専門職大学院の回し者のように思われそうですが、メリットとデメリットを比較衡量してみて、メリットの方が大きいならば入ってみるのも良い、というだけの話です。

個人的な見解としては、専門職大学院よりも一般的な大学院の方に問題が多いように感じています。というのも、専門職大学院は曲がりなりにも、弁護士や弁理士、臨床心理士、経営者など具体的な人材育成のビジョンのもとに運営されているわけですが、一般大学院にはこのようなビジョンはないからです。一般大学院は研究をその本分としているのですが、大学院修了者のうち大学教員や研究職に就けるのはごくわずかです。運が良ければ一般企業等に就職し、研究とはまったく関係のない仕事をすることになりますが、それも叶わず職に就けない人々が多くなっています。しかし、一般大学院は建前として研究を行っていれば許されるため、このような現状が批判されることはあまりないのです。この意味では、専門職大学院は正当な批判のもと、さまざまな改善策を施している点で、それなりに評価することができるのではないかと考えられます。

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。