BGM

カフェの中というものは、何系の音楽であれ、快適に過ごすことのできるBGMがかかっている。ここがBGMのない空間だったら、どれだけ居たたまれなくなるかは、図書館の中の空気感を思い出すと、疑似体験が容易である。

静かな空間は、落ち着きたい時や集中したい時には大変良いが、リラックスしたい時は、静けさが功を奏す場合もあるが、そうではなくて逆に落ち着かない感覚を覚えさせることもある。BGMの効果は、ブレイクタイムには絶大であると思う。

今自分がいるカフェの中では、おしゃれなジャズがかかっている。コーヒーになんとよく合うことだろう。「ジャズとコーヒー」そんなタイトルの本が出版されているか調べてみたところ、未だ出版されていなかった。いや、僕の調査不足かもしれないので、もし見つけた方、知っている方がいらっしゃれば、ぜひ教えていただきたい。

ジャズのBGMがかかっていると、食べ物や飲み物の味わいが、何割り増しかする感じがする。不思議である。やはり使っている和音、アドリブならではの生き生きした演奏が、なんとも言えぬ「生(せい)」の感覚を思い起こさせて、各人の様々な感覚が刺激され、研ぎ澄ませられるのだろうか。

こうして文章を書く作業も、不思議とはかどるものである。もちろん静かな環境の中でもはかどるものははかどるが、どちらかというと深刻な内容か、精魂込めて何か書く際の環境として最適であろう。

クラシックのBGMがかかっていると、職業柄なのか、色々な感情に苛まれる。BGMがBGMとして聴けないということも、原因の一つであろう。いや、「〜聴けない」という表現も、BGMとしてのクラシック音楽のあり方を考えると、多少不自然である。BGMというものは、聴いているか聴いていないかというよりは、「聞き流しそれとなく味わっている」タイプのものなのだから。

もちろんジャズもそうであるが、クラシック音楽には本当に多岐にわたる種類の音楽がある。クラシックがたくさん流れるカフェもあるが、やはり、基本的には、そのようなカフェにいると、落ち着く。また、バロック時代や古典派時代の何かしらのオーケストラものの音楽(第1楽章か、第3楽章)が流れてくると、どちらかというと、興奮する。自分の中の鼓動やら何やら、色々なものが刺激され、興奮につながる。

これは僕における話であるが、クラシック音楽の方が、一度聴き入ってしまうとなかなかBGMとしての音楽として認識できなくなる。展開が気になり、脳内楽曲分析も同時に始まってしまい、今後の作曲の栄養にさせていただくこともある。作曲だけでなく、「あ、ここはこういう信仰だから、こういうベースラインをたどっているから、こんな感情になるんだ」という体験ができることで、演奏においても必ずプラスになっている。

BGMについて色々書いてきたが、BGMというものは、人をリラックスさせたり興奮させたり、また購買意欲を高めたり、お店への滞在時間を長く、または短くさせたりする。そんな、人間社会において重要な役割を占めているので、企業側も色々考えて、作戦を練ってBGMを選んでいるのだろうなぁと、そんなことを思いました。

Eric Satie、ありがとうございます。

渡邊拓也

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音楽大学、同大学大学院ヴィルトゥオーゾコースを修了。 音楽でしか表現出来ない世界に魅せられ、独学で作曲を勉強する。 大家の作品の演奏のみならず、「この世にかつてない、新しい音楽を作る」「自分の感じる世界を余すことなく表出する」という理念の元に、創作や独自の響きの研究も行っている。大学の専攻はピアノだが、ヴァイオリンも演奏する。