言語について④日本語を内在的に考察する

これまで、言語に関する「日本語以外の日本の言語」や「ゲルマン諸語とロマンス諸語」などの話題について、言語系統という観点から考察してきました。比較言語学において、言語と言語の関係を系統立てて証明する試みが続けられていることは、これまでの記事でもご理解いただけたかと思います。また、日本にはアイヌ語や琉球語のように、日本語とは異なる言語(と学説では主張されている)いくつかの言語が存在することも、大まかにではありますが、解説したつもりです。

特に「日本には日本語以外の在来の言語が存在する」という事実は、一部の日本人にとっては驚くべきことかもしれません。日本人の多くは、日本が日本人(大和民族)の単一民族国家であり、日本人全員が日本語を母語としている、と当然のように考えているからです。複雑になるので、民族の話はここでは割愛しましょう。ここで重要なのは、日本に住む人々のなかには、アイヌ語や琉球語を母語としている人が存在する、ということです。これにより、「すべての日本人の母語は日本語である」という上記の仮説は覆されることになります。

そうはいっても、日本人の「ほとんど」の人々が日本語を母語としていることに変わりはありません。これは統計的に見ても明らかで、アイヌ語や琉球語を母語とする日本人の割合はごくわずかです。しかし、議論を突き詰めていくと、ここでもう1つの問いが浮かび上がってきます。それはここでいう「日本語」とはなにか、ということです。この問いに答えるのは、簡単なようでいて意外にも難しいです。日本人の多くは、自分の話している言語を「日本語」と見なしていることでしょう。ただ、私たち日本人の話す「日本語」には、かなり多様性が見られることに気づいている人も多いのではないでしょうか。例えば、首都圏生まれの人と関西生まれの人は、同じ「日本語」で会話しているはずですが、文字に書き起こしてみると互いに異なる言葉を話している。一般的に、首都圏生まれの人の言語は「標準語」、そして関西生まれの人の言語は「関西弁」と呼ばれています。標準語と関西弁は、それぞれ日本語の「方言」とされています。これは言うまでもないことでしょう。

ここで問題になるのが、「言語」と「方言」はどのように異なるのか、ということです。以前にもこの問題は少し触れましたが、実は言語学的には、言語と方言の明確な定義区分は存在しません。一般に、方言は言語の下位分類とされます。つまり、言語の下にいくつかの方言が含まれていることになります。が、どこまでが方言でどこからが言語となるのか、という学問的な取り決めはないので、あくまでも人々の恣意的な分類によって決定されることが多いです。

以前にも述べた通り、日本語とアイヌ語は、言語系統そのものが違うとされています。この場合、アイヌ語を日本語の方言と呼ぶことはできず、それぞれが独立した言語であることは明白です。一方、琉球語は日本語と近親的な関係にあり、それぞれが太古の昔に同じ言語から派生した言語だとされています。この場合、定義の仕方によっては、琉球語を日本語の方言と呼ぶことは可能です。言語学には「方言連続体」という概念があります。方言連続体とは、「複数の近似した言語体系があり、それらの間に明確な境界線がなく、徐々に一つの体系から他の体系に移り変わっていくような言語の連続体」を指します。具体的に言うと、標準語と関西弁のあいだには明確な違いがありますが、その違いはある場所を境に分かれているのではなく、東から西へ(または西から東へ)行くにしたがって徐々に差異が目立つようになります。言語のこのような現象を、方言連続体と呼びます。日本語と琉球語は、日本語族に属する2つの独立した言語と考えられることが多いのですが、方言連続体という観点で見ると、これらの言語はある程度の連続性をもった言語だと考えることもできるのです。

上記のような観点から見ると、言語と方言の差はますます分からなくなってきますが、ここで一応の定義を示しておくと、「日本語」は北海道から鹿児島県(奄美諸島を除く)で話されている言語を指すことが多いようです。この定義に立った場合、おおむね北海道と本州の言語を日本語、そして奄美諸島と琉球諸島の言語を琉球語と考えることができます。

日本語について、もう1つ面白いデータを示しておきたいと思います。国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)は、世界中の言語を調査し「消滅危機言語」の一覧を発表しています。消滅危機言語とは、読んで字のごとく消滅が危惧されている言語のことで、生物でいうレッドデータブックのようなものです。言語の「消滅」とは、その言語の話者がいなくなることを指します。世界では多くの言語がこのような消滅の危機に瀕しており、ユネスコは現状把握のために調査活動を行っているわけです。ユネスコは日本の言語についても調査対象としており、次の言語が消滅危機言語に指定されています。()内が消滅の危険性を示し、「極めて危険」、「重大な危険」、「危険」の順に深刻です。

アイヌ語(極めて危険)

奄美語(危険)

八丈語(危険)

国頭語(危険)

宮古語(危険)

沖縄語(危険)

八重山語(重大な危険)

与那国語(重大な危険)

上記の消滅危機言語ですが、なんとなく違和感がありますね。アイヌ語は分かりますが、それ以外の言語は見慣れない表記が並びます。実はユネスコの調査結果では、日本では慣習的に「方言」ととらえている言葉を「言語」と定義しているのです。上記の8言語のうち、「アイヌ語」と「八丈語」以外は、「琉球語」に含まれる方言です。つまり、一般的には琉球語の奄美方言、国頭方言、宮古方言、沖縄方言、八重山方言、与那国方言とされているものを、すべて独立した「言語」と定義していることになります。日本人にとってはかなり不思議なのですが、これらの方言はすべて独自性を有していますし、上記の通り言語と方言のあいだに学術的に明確な定義がないため、これはこれで妥当な方法だと言えます。「八丈語」も気になりますね。これは、文字通り伊豆諸島南部の八丈島で話されている言語です。一般的には日本語の八丈方言とされていますが、本土の日本語とはかなり差が大きいため、ユネスコは「言語」として扱っています。琉球語の諸方言や八丈方言に共通して言えるのは、これらの言語は島で話されており、他の陸地との交流が乏しかったことから、独自に発展を遂げたということがあります。

以上のように、「日本語」とはおおむね北海道から鹿児島県までの地域で話されている言語を指し、奄美・琉球諸島の言語は「琉球語」として別に定義されることが多いです。さらに、日本語と琉球語のなかにはさまざまな方言が存在し、方言もその独自性の強さ次第では、「言語」と定義づけられることも多くなります。ユネスコによる日本の言語の分類は、言語のそのような特性の一端を表していると言えるでしょう。

冒頭で書いたように、我々は「日本語」というものを簡単に一枚岩なものだと考えがちです。しかし、本日見てきたように、日本語のなかにも内在的な多様性が存在し、しばしば方言間の差が非常に大きいことから、方言ではなく言語として定義付けられることもあります。「ダイバーシティ」という言葉が政治家やマスコミによって喧伝される昨今ですが、日本語のなかの多様性についても、より深く考慮してみる余地があるのではないでしょうか。

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。