ヨーロッパの国家①イギリスにおけるカントリーについて

2016年、イギリスでは欧州連合(EU)離脱についての国民投票が行われ、離脱51%、残留48%でイギリスのEU離脱が決定しました。EUからのイギリス脱退は、特に経済的な影響の大きさから、さまざまな懸念を生んでいます。イギリスはEUの前身であるEEC(欧州経済共同体)の加盟国であり、戦後一貫して西ヨーロッパの経済的統合に関わり続けてきました。EUはユーロを基軸とする統一した市場を持つ巨大な経済圏ですが、そこから世界有数の経済大国であるイギリスが脱退すると、EUにもイギリスにも大きな打撃があると考えられているのです。

一方、イギリスは2016年の国民投票以前から、EUの他の加盟国から独立した動きも見せてきました。EU加盟国のほとんどはシェンゲン協定にも加盟しています。シェンゲン協定は、加盟国間の国境検査を廃止する協定なのですが、イギリスは加盟を拒んできました。EU加盟国間を移動する場合、国境審査は行われないため、国内と同じように自由に行き来することができます。例えば、北欧のシェンゲン協定加盟国のフィンランドからエストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ドイツ、フランス、スペインを経由して南欧のポルトガルまで行く場合、国境審査はありません。しかし、シェンゲン協定に加盟していないイギリスに関しては、EU加盟国から入国する場合でも国境検査が必要なので、パスポートコントロールを通過しなければなりません。イギリスの国境検査はかなり厳しいことで有名で、入国審査官に入国の目的などを根掘り葉掘り聞かれることで知られています。

日本ではあまり意識されていませんが、歴史的に西ヨーロッパの国々は大きく「大陸ヨーロッパ(フランス・ドイツ・イタリア・スペイン・オランダ等)」と「イギリス」に二分されてきました。例えば、哲学の分野ではフランスやドイツを中心とする「大陸哲学」とイギリスやアメリカを中心とする「分析哲学」がそれぞれ対比されています。また、法学の分野では、フランスやドイツで通用してきた「大陸法」とイギリスやアメリカで通用してきた「英米法」ははっきりと分かれています。哲学や法学など、社会の基盤を形作るシステムが異なっているため、イギリスは西ヨーロッパでも特異な存在と見なされてきたわけです。

上記のような考え方はイギリスという国家を単一の国家として見なした場合の見解といえます。しかし、イギリスはそのような一枚岩な国家ではありません。現在のイギリスの正式名称は、「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland」です。現在のイギリスは、グレートブリテン島全土とその隣のアイルランド島の北部を統治しているので、このような名称になっています。現在、イギリスはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドから成る、4つの「カントリー」という行政区分に分けられています。カントリーは「国」を意味しており、国家主権は持たないものの、それぞれが独自の議会、首都、公用語などを持っています。

上記の通り、カントリーは一般的な理解としては、国家に準ずるような行政機構です。しかし、実質的にイギリスという国家のイニシアティブを握っているのはそのうちイングランドであり、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドはその支配に服している状態とも言えます。というのも、現在のイギリスは、イングランドがウェールズを征服し、アイルランドを植民地化し、そしてスコットランドと合同することによって形成されたためです。そのため、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドは、現在でもイングランドとは異なる文化的、政治的特色を残しているのです。

まず、スコットランドについて見てみましょう。スコットランドは、イングランドの北に位置するカントリーです。首都はエディンバラ、公用語は英語とスコットランド・ゲール語です。スコットランドは843年から1707年まで、スコットランド王国という独立国でしたが、イングランド王国との合同により、グレートブリテン王国に組み込まれ、実質的には併合されました。

スコットランドは、4つのカントリーのなかでも特に独自性の強い地域です。スコットランドではイギリス法ではなく、大陸法の影響の強いスコットランド法が運用されており、教育や教会などもイングランドと異なっています。1707年の合同時にスコットランド議会は停止されましたが、1998年に再開されています。近年の注目すべき動きとしては、2014年のスコットランド独立住民投票です。この投票では、スコットランドのイギリスからの独立が争点となり、賛成44%、反対55%で否決されました。賛成票も多いことから、スコットランド独立派の勢力の強さが裏付けられます。

スコットランドは、北部のハイランドと南部のローランドに分けられています。スコットランドの公用語は上記の通り英語とスコットランド・ゲール語ですが、実際ほとんどの人が英語話者だと言われています。ケルト系のスコットランド・ゲール語はハイランドで話されます。また、もう一つの言語としてゲルマン諸語のスコットランド語があります。スコットランド語は英語に近い言語ですが、スコットランド・ゲール語とともに、スコットランドを象徴する言語として知られています。

イングランドの西に位置するウェールズは、イングランドの6分の1程度の面積の小さなカントリーです。首都はカーディフ、公用語は英語とウェールズ語となっています。ウェールズでも英語が広く話されますが、ウェールズ語も北西部を中心に話されるようです。ウェールズ人の20%以上がウェールズ語を話すことができ、話者数は比較的安定しています。ウェールズ語は、スコットランド・ゲール語やゲール語(アイルランド語)と同じくケルト系に分類される言語です。ウェールズもスコットランドと同じく、独自の議会を持ちますが、法律はイングランドと共通のものになっています。言語的、文化的には独自性のあるウェールズですが、スコットランドほど激しい独立運動は展開されていません。

北アイルランドはイギリスでもっとも小さなカントリーです。イギリスの植民地であったアイルランドは、1920年のアイルランド統治法によって南北に分割され、その後アイルランド自由国として独立しました。しかし、北アイルランドではプロテスタントのイギリス系とカトリックのアイルランド系のあいだで紛争が起こったため、イギリスに残留することとなりました。戦後、北アイルランドでは多数派のプロテスタントと少数派のカトリックが争い続け、「北アイルランド問題」と呼ばれる紛争となりました。前者はイギリスを支持するユニオニスト、後者はアイルランドを支持するナショナリストとして戦い、ナショナリストのテロ組織IRA暫定派が行動し、内戦状態となりました。1998年のベルファスト合意において、アイルランドが北アイルランドの領有権を放棄したため、北アイルランドはイギリスの領土だということが確定しました。

本日は、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドという、イングランド以外のイギリスのカントリーについて、ごく簡潔にまとめてみました。詳細な経緯については文字数の関係で省略せざるをえませんでしたが、「イギリス」と一くくりにされる国も、決して一枚岩ではないこと、またイングランドだけがイギリスではないということはご理解いただけたのではないでしょうか。EU離脱問題など、国際問題を考えるとき、私たちはイギリスという国をあまりに簡単に均一な国家として見なしがちですが、イギリス国内にも多様性があることは忘れてはならないと思います。なぜなら、このような多様性は実際に、スコットランド独立や北アイルランド問題として政治的な問題に発展しており、これらの問題はイギリスの国家としての意志決定にも大きな影響を与えているためです。

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。