日本の都市について③東京15区と東京23区――都心を定義する――

みなさんは「東京都心」と聞いたとき、具体的に東京のどのエリアを思い浮かべるでしょうか。東京駅(千代田区・中央区)や銀座(中央区)、六本木(港区)などとともに、新宿(新宿区)や渋谷(渋谷区)を想起する人も多いと思います。しかし、新宿や渋谷は厳密には「都心」ではなく、「副都心」です。公式には、千代田区、中央区、港区を「都心3区」と呼びます。それ以外にも「都心」にはさまざまな定義の仕方が存在していますが、主にマスコミや不動産業者の思惑によるもので、基本的に東京都心と言った場合、この都心3区を指すのが標準だと言って良いでしょう。なぜ新宿や渋谷が都心に含まれないのか、それを理解するためには、東京に23区制が敷かれる前の歴史を見ておく必要があります。

周知の通り、現在の東京は都区部と都下に分かれており、前者は23の区に分割されています。東京23区は、千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、台東区、墨田区、江東区、品川区、目黒区、大田区、世田谷区、渋谷区、中野区、杉並区、豊島区、北区、荒川区、板橋区、練馬区、足立区、葛飾区、江戸川区から成っています。東京23区が成立したのは1947年で、それまで東京には35の区が存在していました。これら35区が再編されて成立したのが、現在の東京23区です。つまり、1947年以前は現在よりも細かく区が分かれていたのです。再編が行われた原因にはさまざまなものがありますが、戦時中の東京大空襲で東京の人口は大幅に減少し、区政を立て直す必要性がでてきたことが最大の要因です。なお、東京35区は次のような区から構成されていました。麹町区、神田区、日本橋区、京橋区、芝区、麻布区、赤坂区、四谷区、牛込区、小石川区、本郷区、下谷区、浅草区、本所区、深川区、江戸川区、葛飾区、城東区、向島区、足立区、荒川区、王子区、滝野川区、豊島区、淀橋区、渋谷区、品川区、荏原区、大森区、蒲田区、板橋区、中野区、世田谷区、目黒区、杉並区。

上記の35区のうち、麹町区、神田区、日本橋区、京橋区、芝区、麻布区、赤坂区、四谷区、牛込区、小石川区、本郷区、下谷区、浅草区、本所区、深川区の15区は「都心15区」とされていました。これには客観的な理由があります。というのも、東京が35区制になったのは1932年であり、それ以前の東京は15区制だったのです東京15区は、明治維新後の1878年に「江戸」が「東京市」に改称された際に設立された行政区画です。この東京15区は、皇居(江戸城)を取り囲む地域で、まさに歴史的に「江戸」と呼ばれてきた由緒正しきエリアと言えます。

上記の変遷をまとめると、東京の「区」の構成は下記のように移り変わってきたことになります。

1878年~1932年:東京15区(麹町区、神田区、日本橋区、京橋区、芝区、麻布区、赤坂区、四谷区、牛込区、小石川区、本郷区、下谷区、浅草区、本所区、深川区)

1932年~1947年:東京35区(麹町区、神田区、日本橋区、京橋区、芝区、麻布区、赤坂区、四谷区、牛込区、小石川区、本郷区、下谷区、浅草区、本所区、深川区、江戸川区、葛飾区、城東区、向島区、足立区、荒川区、王子区、滝野川区、豊島区、淀橋区、渋谷区、品川区、荏原区、大森区、蒲田区、板橋区、中野区、世田谷区、目黒区、杉並区)

1947年~現在:東京23区(千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、台東区、墨田区、江東区、品川区、目黒区、大田区、世田谷区、渋谷区、中野区、杉並区、豊島区、北区、荒川区、板橋区、練馬区、足立区、葛飾区、江戸川区)

東京35区と東京23区は、区分の仕方と名称が変わっただけで、全体の領域は変更されていません。しかし、東京15区が35区になったとき、「東京」の領域は大幅に拡大しました。ここに「都心」のルーツが隠されています。東京15区の区名は現在でも東京の地名として使われているものの、現在どの区に位置しているのかが少し分かり辛くなっています。そこで、東京15区を現在の区に置き換えると、下記のようになります。

麹町区、神田区=千代田区

日本橋区、京橋区=中央区

芝区、麻布区、赤坂区=港区

四谷区、牛込区=新宿区の一部

小石川区、本郷区=文京区

浅草区・下谷区=台東区

本所区=墨田区の一部

深川区=江東区の一部

これで少しはわかりやすくなったのではないでしょうか。これが東京15区、つまり戦前「都心」と考えられていたエリアとなります。このようにして見ると、現在「都心3区」と呼ばれている千代田区、中央区、港区は当時から東京の中心に位置していたことが良くわかります。一方、現在「都心」と考えられている渋谷(渋谷)や池袋(豊島区)などといったエリア、この当時の東京には含まれておらず、35区制になってはじめて東京になったのです。また、新宿についても、現在の新宿区の東部(四谷や神楽坂など)は15区に含まれていましたが、現在の新宿区付近は含まれておらず、完全に郊外とされていました。このように歴史的経緯から考えると、千代田区、中央区、港区、文京区、台東区、そして新宿区西部は異論なく「都心」だと考えることができるでしょう。また、意外なことに、現在の墨田区、江東区の西部地域も「都心」と呼ぶことは可能です。これらの地域、つまり本所と深川は、歴史的に江戸文化の中心を担う地域でした。本所は現在の両国や錦糸町を含み、深川は清澄白河、門前仲町、木場、東陽町などを含む地域です。本所や深川は東京大空襲で特に深刻な被害を受け、人口の急激な減少などが起こって一時衰退しました。

上記の通り、東京都心と言った場合の「都心」は、都心3区を中心とする東京15区の地域と合致します。しかし冒頭に書いた通り、大衆的(全国的)な知名度は新宿、渋谷、池袋などの地域の方が高く、特に地方の人々はこれらを都心と考える場合もあるようです。公式な見解では、新宿、渋谷、池袋は「三大副都心」と呼ばれています。「副都心」とは、都心に集中する業務機能を分散する目的で都によって設けられた地域のことです。東京には新宿、渋谷、池袋、上野・浅草、錦糸町・亀戸、大崎、臨海という7つの副都心が設けられています。副都心は上記の通り行政的な観点から指定された地域ですが、商業的にも重要な地位を占めており、特に三大副都心ではその傾向が顕著です。また、三大副都心の成長には私鉄の貢献が大きかったと考えられています。戦前の東京では、都心(東京15区)への私鉄の乗り入れが許されていませんでした。そのため、私鉄のターミナル駅は新宿、渋谷、池袋などの郊外に設置されていました。現在でも新宿駅には小田急や京王、渋谷には東急、池袋には西武と東武といった私鉄が乗り入れていますが、それは戦前からの名残だと言えます。

本日は、「東京都心」という言葉を東京23区の歴史を紐解きながら考察してみました。都市は常に変遷を続けるものであり、大都市である東京では特にその傾向が顕著です。しかし、都心の定義を考えるうえでは歴史についての視点を無視することはできません。東京は歴史的には「江戸」をルーツとする都市であり、江戸の系譜を引く区こそが都心なのだと考えることもできるのです。この観点から考えると、現在でも一般的に言われている「都心3区」という言葉は江戸時代からの中心地を指す言葉であることからも妥当な表現だと言えるでしょう。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。