言語圏について①フランス語圏

ブログではこれまでに、英語帝国主義や多言語主義といったグローバル化の新しい流れについて解説してきました。これまでのグローバル化は「英語化」、「アメリカ化」が主流だったと考えられますが、今後の流れは「多言語化」、「多文化主義」へと推移していくものと考えられます。しかし、多言語化といっても、あらゆる言語が同等の地位を得るのではなく、有力な複数の言語が実質的に支配的な地位を占めるようになってゆくと考えられます。英語以外の有力な言語としては、まず人口と経済という点で有力な中国語が挙げられます。話者数の多いヒンディー語、スペイン語、アラビア語、ベンガル語なども有力と言えます。ただ、言語の地位は必ずしも話者数の多さに根拠づけられるものではありません。むしろ文化的優越性や権威が重要な要素となります。この意味で、現在英語に次ぐ地位を占めるのがフランス語です。いや、品位や権威など定性的な要素を重視すれば、英語を凌ぐ地位にあると言っても良いかもしれません。

本日はフランス語がなぜ上記のような地位を占めているのか、「言語圏」という観点からの考えてみたいと思います。話者数が多い言語は中国語、ヒンディー語、ベンガル語、日本語などアジアの言語がありますが、これらの言語は必ずしも国際的に高い地位を得ているとは言えません。理由の一つとして、これらの言語が1~3ヶ国程度の公用語にすぎない、ということがあります。言語としては巨大ですが、その言語圏は小さいのです。一方、ヨーロッパ系の言語であるスペイン語、ポルトガル語、ロシア語、ドイツ語、そしてフランス語は、少なくとも4ヶ国以上の公用語として知られ、大きな言語圏を形成しています。言語圏を形成している、ということは、その言語が複数の国の共通語として使用されていることを意味します。つまり、その言語が国際共通語であることをも含意しているのです。

上記の意味で、フランス語はフランス語圏という非常に巨大な言語圏を有し、圧倒的な地位を占める言語だと言えるでしょう。「フランス語=フランスの言語」と考えている人も多いと思います。これは間違いではありませんが、フランス語のある一面しか見ていない評価なのです。フランス語はたしかにフランスの公用語となっていますが、同時に、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカ、アジアで話される共通語なのです。さらに、フランス語は国際機関の公用語、作業言語にも指定されています。フランス語の話者数は2億人程度で、話者数の順位は中国語、英語、ヒンディー語、スペイン語、アラビア語、ベンガル語、ポルトガル語、ロシア語、日本語、ドイツ語に次ぐ11位ですが、国別でみると、英語に次いで多くの国で使用される言語となっています。フランス語圏は「フランコフォニー」とも呼ばれ、一体感を持っています。フランス語がここまで普及したのは、言うまでもなく帝国主義時代にフランス植民地帝国が世界中に広がったためです。

ヨーロッパでフランス語を公用語とする国は、フランス、ベルギー、スイス、モナコ、ルクセンブルクです。他にもイタリアの一部や英国王室領ガーンジー島やジャージー島の公用語にもなっています。また、イギリスの標語は「Dieu et mon droit(神と我が権利)」であり、フランス語表記となっています。このように、フランス語はヨーロッパで広く使用されており、歴史的にヨーロッパの共通語なっていました。東ヨーロッパでも「英語はできないけどフランス語ならできる」という人々が多く存在しています。

大航海時代以降、フランスはアフリカを始めとする世界各地を植民地にしました。アフリカでフランス語を公用語とする国は、ガボン、カメルーン、ギニア、コートジボワール、コモロ、コンゴ共和国、コンゴ民主共和国、ジブチ、セーシェル、セネガル、チャド、トーゴ、ニジェール、ブルキナファソ、ブルンジ、ベナン、マダガスカル、マリ、モーリシャス、ルワンダ、中央アフリカ、赤道ギニアの22ヶ国です。さらに、歴史的、政治的背景から公用語には指定されていないものの、アルジェリア、チュニジア、モロッコ、モーリタニアでもフランス語が広く通用します。このように、アフリカではフランス語がかなり広く使われており、フランス語文化のなかではアフリカの存在感が大きくなっています。

フランスはアメリカ大陸にも積極的に進出しました。現在、アメリカでフランス語を公用語としている国は、カナダとハイチがあります。また、アメリカ合衆国のルイジアナ州でもフランス語が話されます。かつて、フランスはアメリカの広大な地域を植民地としましたが、ほとんどがイギリスに取られてしまったため、フランス語圏として残っているのは上記の地域のみとなっています。カナダは英語とフランス語を公用語としていますが、ケベック州はフランス語のみを公用語とします。ケベックは北米のなかでも特にフランス的な文化を持ち、人口のほとんどはフランス語話者です。ケベックの住民はケベック人としてのアイデンティティーを保持しているため、カナダではケベックの独立が歴史的な問題となっています。

アジア・オセアニアでもフランス語は広く使われています。オセアニアでは、バヌアツやニューカレドニア(フランス自治領)がフランス語を公用語としています。アジアにはフランス語を公用語とする国はありません。しかし、かつてフランスの植民地だったベトナム、ラオス、カンボジアではフランス語が使用されていました。現在ではフランス語が使われることはほとんどなくなっています。

フランス語は冒頭に書いた通り、国際機関の公用語、作業言語としても広く使われています。具体的には、国際連合 (UN)、国際オリンピック委員会 (IOC)、国際サッカー連盟(FIFA)、国際電気通信連合 (ITU)、万国郵便連合 (UPU)、列国議会同盟、イスラム諸国会議機構、アフリカ連合 (AU)、北大西洋条約機構 (NATO)、国際標準化機構 (ISO) 、世界貿易機関 (WTO)、経済協力開発機構 (OECD)でフランス語が公用語となっています。これらの機関のほとんどでは、英語とフランス語の2言語が公用語となっており、英語が優先的に使われます。しかし、UPUやIOCではフランス語が唯一の公用語であることから、英語よりもフランス語が優先されています。東京オリンピック招致の際、フランス語と英語が両方とも話せる高円宮久子さまがまずフランス語で挨拶をしたのは、IOCの公用語がフランス語であるためですね。このように、国際機関においてはフランス語が英語に優先して使われるシーンも、ごく一部ではあるものの存在しています。国際機関の求人の条件が「英語とフランス語両方で業務できること」となっていることもしばしばあります。

フランス語は、英語等の言語と比較して話者数は圧倒的に少ないのですが、それにも関わらず国際的に強い存在感を示し続けている言語です。それを支えているのが世界中に存在するフランス語圏や、国際機関での公用語としての運用でしょう。言語の権威は必ずしも話者数によって裏付けられるものではないということを、フランス語圏は示しています。フランス語圏に並んで有力な言語圏として挙げられるのは、スペイン語圏、ポルトガル語圏、ロシア語圏、ドイツ語圏、そして中国語圏ではないかと考えています。これらの言語はどれも帝国主義の時代に各地に広まった言語であり、グローバル化の進展によってこれらの言語圏の力関係がどのように変遷するのか、注目していきたいところです。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。