言語圏について②スペイン語圏

先日の記事では、英語に次ぐ影響力を持つ言語圏の一つとして、フランス語圏を取りあげました。フランスはかつてイギリスと同じく世界中に大植民地帝国を建設し、植民地を中心にフランス語を普及させてきました。ロシア語やポルトガル語など、大きな言語圏を持つ言語はほぼすべて似たような歴史を辿ってきています。本日のテーマであるスペイン語もその例外ではありません。

スペイン語は、以前の記事でも取り上げたように、ロマンス諸語に含まれるラテン語から派生した言語です。フランス語、イタリア語、ポルトガル語、ルーマニア語などの言語とは非常に近い関係にあります。特に、ポルトガル語とは通訳なしで意思疎通が可能なほどに似ています。スペイン語は「カスティーリャ語」とも呼ばれ、本来はスペインのカスティーリャ地方で話される言語でした。日本語の「カステラ」は「カスティーリャ」が語源だとされています。かつて、ヨーロッパ最西端のイベリア半島にはカスティーリャ王国、アラゴン王国、ナバラ王国、グラナダ王国、ポルトガル王国が存在していましたが、のちにアラゴン、ナバラ、グラナダはカスティーリャと統合され、カスティーリャ王国とポルトガル王国が残りました。これが現在のスペインとポルトガルの始まりです。

15世紀の大航海時代において、スペインとポルトガルは積極的に海洋へ進出するようになりました。この過程で、両国は競うように、アジア、アフリカ、そしてアメリカへと進出していきます。このようにして、スペイン帝国とポルトガル海上帝国は、世界屈指の強国として、世界中の領土を二分することになりました。アメリカ大陸に進出したスペインは、アステカ帝国やインカ帝国を滅ぼし、アメリカ大陸のほとんどを手中に収めました。しかし、17世紀以降、スペインは次第に衰退していき、世界の覇権はオランダ、フランス、イギリス、アメリカへと推移していくことになります。スペインは最盛期に獲得した植民地を次第に失っていきましたが、かつての植民地のなかには独立後もスペイン語を公用語としている地域が多く、これがスペイン語圏を形成しています。

現在、スペイン語の話者数は4億2千万人とされています。話者数を比較すると、中国語、英語、ヒンディー語に次ぐ世界4位の人口を誇ります。統計の取り方によっては、世界3位に入るポテンシャルもあると言えるでしょう。スペイン語を公用語としている国も多く、旧宗主国のスペイン、中南米のアルゼンチン、チリ、ペルー、コロンビア、ボリビア、コスタリカ、キューバ、ドミニカ共和国、エクアドル、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、メキシコ、ニカラグア、パナマ、パラグアイ、ウルグアイ、ベネズエラ、プエルトリコそしてアフリカの赤道ギニアという20ヶ国が存在します。また、国際語としても広く使われており、国連や南米諸国連合の公用語の一つにも指定されています。

上記のように、スペイン語は特に中南米で広く話される言語です。中南米は英語が通じない場合が多く、スペイン語の知識は必須だと言われていますね。南米では、ポルトガル語のブラジル、オランダ語のスリナム、フランス語の仏領ギアナ、英語のガイアナを除き、すべての国でスペイン語が話されています。ただし、中南米はスペインが植民地化したことによってスペイン語が話されるようになっただけで、本来は土着の言語が話されていました。現在でもケチュア語、アイマラ語、グアラニー語といった土着の言語はスペイン語とともに使用されています。また、ブラジルは非常に人口が多く、南米の人口の50%を占めるため、実質的に南米人口の半分がポルトガル語話者、もう半分がスペイン語話者と言って良いでしょう。

上記の地域に限らず、スペイン語が使用される地域は数多く存在します。例えば、北米のアメリカ合衆国においても、南部を中心にスペイン語話者が人口のかなりの割合を占めています。特に、ニューメキシコ州では人口の約30%が家庭でスペイン語を話しているとされています。また、アメリカでは州を問わずヒスパニック系の人々がスペイン語を話しています。南米には日系移民が非常に多く、社会の中核的な位置を占めています。日本には在日ペルー人が多く存在しており、彼らの母語はスペイン語となっています。そのため、日本でもスペイン語を話すコミュニティは存在することになります。

このように、スペイン語は話者数も多く、とても広い地域で話されている言語です。スペイン語の弱点をあえて挙げるとすれば、経済的な基盤の弱さがあるかもしれません。スペイン語圏には、G7(イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカ、カナダ、日本)やBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)などの先進国、中進国グループに含まれる国がありません。もちろんスペインはEU加盟国であり、先進国の一つではありますが、近年ではスペイン経済危機が起きるなど、その地位は危ういものとなっています。南米のチリやアルゼンチンは、ラテンアメリカのなかでも民主的で経済的にも成功している国として知られていますが、近年は経済も落ち込んでいます。南米で最近メディアを賑わせている国といえば、ベネズエラでしょう。ベネズエラでは独裁的なマドゥロ政権のもと、政情が不安定となり、アメリカ等に支援されたグアイド暫定大統領が政権と対立するなど混乱しています。ベネズエラ経済はハイパーインフレに見舞われ、多くの国民が貧困に陥っていると報道されています。このように見ると、スペイン語圏の国々は経済的には決して安定しているとは言えないことが分かってきます。

上記のように、スペイン語圏の経済基盤は弱く、経済的に不安定な状にある国が多いことは確かです、また、ベネズエラのように議会制民主主義が機能していない国も多く見受けられます。しかし、あえてスペイン語圏の影響力を擁護するならば、スペイン語圏にはスペイン語圏にしか存在しない価値観をも有していると考えることはできるかもしれません。中米のキューバは社会主義政権が長らく続いており、アメリカ合衆国に抵抗し続けていることで知られています。また、アルゼンチンは、アルゼンチン沖にあるイギリス領フォークランド諸島をめぐり、1982年にイギリスとの間でフォークランド紛争を行いました。このように、中南米のスペイン語諸国はアメリカやイギリスといった英語圏の諸国と対立関係になることも多く、英語圏への対抗勢力として鍵を握っている地域とも言えるのです。

本日は、フランス語圏、ポルトガル語圏、ロシア語圏、中国語圏などと並ぶ広大な言語圏であるスペイン語圏について解説しました。スペイン語圏は他の言語圏と比べても経済的基盤に欠けるところがあり、また政情も不安定な国々が多いというのが実情です。しかし、スペイン語圏には歴史的に英語圏(アングロ・サクソン)諸国と対立してきた国も含まれており、スペイン語圏は今後グローバル化が進行する社会において、新たな秩序構築の鍵になる地域だとも言えるでしょう。ベネズエラの政情にはアメリカとロシアが明らかに関与しています。これは、キューバを巡ってアメリカとソヴィエト連邦が対立した1962年のキューバ危機を想起させるところがあります。ベネズエラもキューバもスペイン語圏の貧しい国ですが、これらの国々は世界情勢の未来の鍵を握ってもいるのです。

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。