言語圏について③ポルトガル語圏

これまでフランス語圏、スペイン語圏と、英語圏に次ぐ勢力を誇る言語圏について解説してきました。英語、フランス語、スペイン語といった言語は、それぞれ帝国主義の時代に世界のさまざまな地域へと移植されたために、現在のように広大な言語圏を持っているのです。そして、今でも世界中に強い影響力を持っています。本日取り上げるポルトガル語も、英仏西語と同じように世界中に広まった言語の一つです。とはいえ、フランス語やスペイン語と比較して、ポルトガル語はなんとなく馴染みのない言語だと感じる人が多いのではないでしょうか。実は、ポルトガル語はフランス語やスペイン語以上に日本と深い関係にある言語なのですが。なぜそう言い切れるのか、ポルトガル語圏についての考察を通して考えていきましょう。

ポルトガル語は、フランス語、イタリア語、スペイン語、ルーマニア語などとともに、ロマンス語と呼ばれる言語の一つです。以前にも書いた通り、ロマンス語はすべてラテン語から派生した言語であり、それぞれ共通した特徴があります。ポルトガル語はヨーロッパ最西端にイベリア半島西部にある国、ポルトガルを発祥とする言語です。ヨーロッパの地図を見ると、イベリア半島の大部分をスペインが占めており、西の端にポルトガルがあります。ポルトガル語は同じイベリア半島の言語であるスペイン語ととても近い関係にあり、ポルトガル語話者とスペイン語話者は通訳なしで会話できるレベルだと言われています。少し強い方言程度の差と言っても良いでしょう。

そんなポルトガル語ですが、スペイン語と同じく、大航海時代とともに世界中へ広がりました。スペインが世界の西半分に進出し、アメリカ大陸の陸地のほとんどを植民地としたのに対し、ポルトガルは東に進出し、インド、インドネシア、中国、日本といったアジア地域へ進出していき、ポルトガル海上帝国を建設しました。スペイン帝国が領土拡張を主としていたのに対し、ポルトガルは交易目的で貿易経路の拡大を図ったため、「海上帝国」という名称で知られています。特筆すべきは、日本との交易関係を獲得し、大規模なキリスト教布教を行ったことでしょう。これにより、日本語にはポルトガル語の言葉が大量に入ってきました。

ポルトガル語は、2億1500万人の話者を擁し、世界第7位の規模の言語圏を形成しています。ポルトガル語を公用語としている国は、ヨーロッパのポルトガル、南米のブラジル、アフリカのアンゴラ、カーボベルデ、ギニアビサウ、サントメ・プリンシペ、モザンビーク、赤道ギニア、そしてアジアのマカオと東ティモールの10ヶ国となっています。スペイン語圏がほぼヨーロッパと中南米に偏在しているのに対し、ポルトガル語圏はヨーロッパ、南米、アフリカ、アジアと世界中に散在していることが分かります。これは、ポルトガルがポルトガル海上帝国だった名残です。

ポルトガル語を話す地域は「ルゾフォニア(Lusofonia)」と呼ばれ、独特の一体感を保っています。とはいえ、スペイン語圏と違い、ポルトガル語を公用語としている国では必ずしもポルトガル語話者が多いというわけではありません。アフリカのルゾフォニアでは、公用語であるポルトガル語を話す人々は少数派で、実際には多くの人々が現地の言語を話していると言われています。マカオは1999年にポルトガルから中華人民共和国へと返還された地域で、ポルトガル語と中国語が公用語とされているものの、ほとんどの人々は広東語を話しています。ルゾフォニアのうち、ポルトガル語話者が圧倒的多数を占めているのはポルトガルとブラジルでしょう。ポルトガルの人口は約1000万人なのに対し、ブラジルの人口は約2億768万で、圧倒的に多くなっています。ポルトガル語圏の人口のほとんどはブラジルが占めるといっても過言ではない状態です。

ポルトガル語は世界の広い地域で話される言語だけあって、方言が明確に分類されています。ポルトガル語発祥の地、イベリア半島で話されるポルトガル語は、イベリアポルトガル語と呼ばれます。アフリカのポルトガル語圏で話される言語は、アフリカポルトガル語で、イベリアポルトガル語に近いとされています。南米のブラジルで話されるポルトガル語は、ブラジルポルトガル語です。「ブラポル語」とも呼ばれ日本でもポピュラーな存在となりつつあるブラジルポルトガル語は、イベリアポルトガル語と文法や綴りの違いが顕著です。

冒頭で、ポルトガル語と日本は深い関係にあると書きました。ポルトガルは16世紀の大航海時代、日本との交易を行い、さらにキリスト教を本格的に布教しました。鉄砲伝来を始めとして、日本はヨーロッパの文明とほぼ初めて接することになりました。結果として、日本にはなかった物がヨーロッパから伝来し、その物の名称はポルトガル語で呼ばれました。「パン」、「てんぷら」、「金平糖」などの食べ物や、「ボタン」、「カッパ」、「カルタ」などの日用品は、ポルトガル語の「pão」、「tempero」、「confeito」、「botão」、「capa」、「cartas」といった言葉に由来します。ポルトガル語と日本の関わりはこれだけではありません。20世紀初頭、日本からブラジルへと多くの日本人が移民、入植しました。戦後日本が高度経済成長を遂げると、彼らの子孫である日系ブラジル人の人々は、労働力として日本へやってくるようになりました。現在、在日ブラジル人は約20万人となっており、中国、韓国、ベトナム、フィリピンに次ぐ第5位です。ブラジル人労働者は特に工場に多く、自動車工場などのある群馬県や愛知県、静岡県にはブラジル人街が形成されています。特に有名なのは群馬県大泉町で、人口の1割以上をブラジルを始めとする南米出身者が占めており、「リトル・ブラジル」とも呼ばれています。街の看板はポルトガル語で表記され、異国情緒が感じられる地域です。このように、日本は過去でも現在でも、ポルトガル語との不思議なつながりを持っているのです。

ポルトガル語圏の経済力にも触れておきましょう。まず旧宗主国のポルトガルですが、一人当たりGDPは21,159ドルで日本の半分強となっています。ポルトガルは経済的に低迷しており、厳しい状況が続いています。一方、ブラジルは一人当たりGDPでは1万ドル以下となっているものの、国家としては世界第8位のGDPを誇り、BRICsの一角として注目を浴びています。ポルトガル語圏のうち経済的にもっとも豊かなのはマカオで、一人当たりGDPは77,111ドルと、なんと日本の2倍、アジア1位となっています。マカオをポルトガル語圏とするかは微妙なところですが、豊かさでいえば、マカオ、ポルトガル、ブラジル、そしてその他のルゾフォニア(アフリカ諸国と東ティモール)という順になっていると言えます。

本日はポルトガル語圏というテーマを取り上げてみました。ポルトガル語は日本ではなんとなく馴染みの薄い言語なのですが、実は日本ともっとも密接な関係にあるロマンス語である、ということがお分かりいただけたのではないでしょうか。これほどポルトガル語の影響を受けている言語もそうそうないのではないか、というほどに日本語はポルトガル語からの借用語が多いのです。さらに、ブラジル人街を中心に日本でもポルトガル語を使う人は多く、日本も広い意味ではルゾフォニアの一部と言って良いのかもしれません。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。