教育について⑦文系と理系

これまでの「教育について」というタイトルで、主に高等教育機関、すなわち教育のハード面について書いてきたのですが、教育のソフト面、つまり内容についてはあまり触れてきませんでした。というのも、教育の内容の問題については教育学の見地から考えるべきであり、専門家以外の人間が口を挟むべきではないと思ったからです。ただ、教育の直接的な目的となる学問については、積極的に取り上げたいと考えています。日本の伝統的な大学教育、というよりは大学受験の分野では、「文系と理系」という考え方が支配的となってきました。文系と理系という二項対立には突っ込みどころが満載なので、本日取り上げてみたいと思ったのです。

「文系と理系」という言い方自体は、世間のさまざまな場所で聞くことができます。早いところでは小学校、中学校に始まり、会社でもこのような表現を耳にする機会はあるでしょう。「感情に訴える文系人間」、「論理的で融通が利かない理系人間」といったステレオタイプも良く見られます。このような考え方自体が非科学的というか、学問をまったくわかっていない考え方なのですが、その根本にある「文系と理系」という考え方はどこから来たのでしょう。

先ほど「文系と理系」という考え方は「小学校、中学校に始ま」ると書きましたが、それはまさに、「文系と理系」が受験と密接な関係にある概念だからです。中学受験、高校受験に関していえば、「文系と理系」が厳密に分かれていることはなく、漠然と国語が得意な受験生を「文系」、数学が得意な人間を「理系」と呼ぶ程度です。一方、大学受験においては、「文系と理系」ははっきりと分かれてきます。特に、私立学校などでは「文系コース」、「理系コース」が分かれていることが多いようですね。また、予備校のクラスや模試においても、「文系と理系」が分かれています。このように、「文系と理系」は大学受験のための実用的な概念として登場してくるわけですね。

なぜ大学受験において、「文系と理系」が需要なのかというと、いわゆる文系学部と理系学部では受験科目が異なっているためです。大まかに言えば、私立大学の受験科目は文系が英語、国語、社会のうち1科目の計3科目、理系が英語、数学、理科のうち科目の3科目となっています。国立大学の場合は、文理問わず1次試験が英国数理社の5教科7科目、2次試験が私立と同じ構成となっていることが多いです。簡潔にいえば、英語は文系と理系どちらにも必要であり、そのほか文系では国語と社会が、理系では数学と理科が必要となります。

さて、上で何の断りもなく「文系学部」、「理系学部」と書きましたが、どういう意味なのでしょう。いわゆる文系学部には、文学部、法学部、経済学部、商学部などが含まれ、理系学部には、理学部、工学部、医学部、薬学部などが含まれることは周知の事実です。東大や北大のような伝統的な教育を重視する旧帝国大学では、学部別ではなく、文系理系別の入試を行っています。東大の場合、学生募集が文科I, II, III類、理科I, II, III類の6種別に分かれており、2年生までは全員教養学部所属となり、その後の進学振分けによって各学部に所属します。とはいえ、進級できる学部は上記の科類ごとに決まっており、文Iは法学部、文IIは経済学部、文IIIは文学部・教育学部、理Iは工学部・理学部・薬学部・農学部、理IIは農学部・薬学部・理学部・工学部・医学部健康総合科学科、理IIIは医学部医学科となっています。

上記のように、「文系と理系」という概念を天下の東大も教育の拠り所としているのです。しかし、これは学問の体系に基づいた分類ではありません。伝統的に、さまざまな学問は人文科学、社会科学、自然科学に3つに分類されています。これは主に、研究対象に基づく分類です。まず人間と自然という二項対立があり、人文・社会科学は前者を、自然科学は後者を研究の対象とします。さらに、人間と社会を対比させて見るとき、人文科学と社会科学が分岐します。おおまかにいえば、哲学、文学、史学、心理学、考古学、論理学、言語学、民俗学、芸術学、美学等が人文科学に、法学、経済学、政治学、社会学、経営学等が社会科学に、理学、工学、農学、医学、薬学等が自然科学に含まれることとなります。

さて、「文系と理系」および「人文科学、社会科学、自然科学」という概念を重ね合わせると、おおむね「文系」には「人文科学、社会科学」が、「理系」には「自然科学」が合致します。しかし、その一致度は必ずしも高いものではありません。上記の通り、「文系と理系」の分類においては、数学は理系の科目であり、国語(言語)は文系の科目とされています。しかしながら、人文科学、社会科学のいくつかの分野では数学が必須であり、また自然科学でも言語の知識が必要となる分野は多く存在します。具体的には、人文科学の心理学や言語学、社会科学の経済学や社会学において、定量的な考察のために数学は必須となっています。また、自然科学でも脳科学や自然言語処理において、言語の知識は必須となるでしょう。このように、「文系と理系」という概念は「人文科学、社会科学、自然科学」と無関係ではないものの、その関連性は必ずしも高くないのです。

最近の大学教育においては、「学際分野」や「リベラルアーツ」といった表現もよく耳にします。これは、実際の学問分野との関連性が薄く、受験産業によって硬直化した「文系と理理系」に対抗する概念として登場したものかもしれません。「学際」とは、いくつかの異なる学問分野にまたがった研究などのことを指します。「文理融合」や「総合科学」といった類似した考え方も存在します。学際的な研究においては、「文系や理系」あるいは「人文科学、社会科学、自然科学」といった伝統的な枠組みを超えて、さまざまな分野の知識を結集させて成果を出します。

最近では、この「学際」を目的とする学部の設置に熱心な大学がかなり増えてきています。その先駆けと言えるのが、1990年設置の慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)にある環境情報学部と総合政策学部でしょう。環境情報学部は理系寄り、総合政策学部は文系寄り、とされていますが、学部・学問分野の垣根なく学べる学部として全国的に有名です。また、早稲田大学も人間科学部や文化構想学部など、学際的な学部の運営に熱心です。このような学部の設置は、フットワークの軽い私立の方が積極的ですが、名門国立大学も同様の動きを見せるようになってきています。1992年、京都大学は総合人間学部を設置しています。

「リベラルアーツ」は、分野横断的な基礎教育のことを差し、分野横断的な研究を指す「学際」とは少し異なる概念です。アメリカではこの「リベラルアーツ」が盛んであることから、日本でも近年ある種の流行のようになってきています。日本の大学では、リベラルアーツ系の学部は分野横断的な教育を志向しつつ、実際には英語教育にリソースを割いているのが現状と思われます。語学力は重要ですが、実際に学ぶ学問の内容も充実させられるかどうか、というのが課題となります。リベラルアーツ系大学の老舗として知られているのが、国際基督教大学(ICU)です。類似した大学としては、秋田の国際教養大学が近年人気を高めているようです。また、リベラルアーツ系の学部としては、早稲田大学、上智大学、千葉大学等の国際教養学部が存在します。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。