言語圏について⑤ドイツ語

これまで、フランス語圏、スペイン語圏、ポルトガル語圏、日本語圏と、さまざまな「言語圏」を取り上げてきました。言語圏という概念は言語分布という言語の現在に限らず、植民地支配など言語が辿ってきた歴史をも明らかにしてくれるものです。大陸植民地を中心に広まったフランス語とスペイン語、海洋を中心に広まったポルトガル語、そして移民の言語として広まった日本語など、その歴史は多様でした。

世界でもっとも広い言語圏を持つ言語は、英語です。ですが、英語についてはすでに多くの情報が存在し、もはや特筆すべき事項もあまりないのではないかと思っています。よって、英語圏についてはこのブログでは割愛します。英語以外の言語で、フランス語、スペイン語と来たら、次はドイツ語を思う方も多いのでないでしょうか。フランス語に並んでヨーロッパの主要言語に位置付けられるドイツ語ですが、どの地域で使われているのか、見ていきたいと思います。

まず、ドイツ語という言語についておさらいしておきましょう。ドイツ語の話者数は約1億3000万人で、日本語やフランス語と同程度となっています。ドイツ語は、ゲルマン語派の西ゲルマン語群に属する言語です。ゲルマン語派は、ヨーロッパ北東部のいわゆるゲルマン人が話す諸言語のことです。ドイツ語、オランダ語、英語、スウェーデン語、デンマーク語、ノルウェー語、アイスランド語などがゲルマン語派に分類されます。さらに、ゲルマン語派のうち、南西部で話される言語を西ゲルマン語群と呼んでいます。西ゲルマン語群には、ドイツ語のほか、オランダ語や英語などが含まれます。「英語とドイツ語は似ている」と良く言われていますが、それはこれらの言語が西ゲルマン語群に分類される兄弟のようなものだからです。とはいえ、英語を勉強したからといってドイツ語がわかるようになるわけではありませんよね。英語とドイツ語は、西ゲルマン語群のなかでも比較的離れた言語なのです。

現在「ドイツ語」と呼ばれている「標準ドイツ語」は、ドイツの中央部に位置するテューリンゲン州付近の言葉を基礎にしていると言われます。この言葉は「高地ドイツ語」とも呼ばれており、ドイツ中南西部の標高が高い地域で話されています。一方、標高の低いドイツ語の北部では「低地ドイツ語」と呼ばれる別の方言が一般的に話されています。ドイツの隣国、オランダの公用語である「オランダ語」は、この「低地ドイツ語」の一部だとされています。そのため、オランダ語とドイツ語は差異も多いものの、とても良く似た言語として知られています。このように、ドイツ語にはさまざまな方言が存在し、どの地方へ行っても独自の訛りがあると言われます。この点では少し日本語に近い部分があるかもしれません。フランスでは多くの人が標準フランス語を話しますが、ドイツの場合は状況が異なっているのです。

ドイツ語を公用語としている国は、ドイツ、オーストリア、スイス、リヒテンシュタイン、ルクセンブルク、ベルギーです。このうち、ドイツ、オーストリア、リヒテンシュタインではドイツ語のみが公用語となっており、それ以外の国ではドイツ語が他の言語とともに公用語となっています。イタリアの南チロル地方にはドイツ系住民が多く、ドイツ語は州の公用語とされています。また、フランス北東部のアルザス=ロレーヌ地方では、ドイツ系アルザス人が多く、ドイツ語の方言であるアルザス語を話します。

上記の通り、ドイツ語は専ら西ヨーロッパの国々で使用されていることがわかります。これは、フランスがヨーロッパ、アフリカ、アメリカなどさまざまな大陸で話されていることとは対象的です。理由としては、ドイツはフランスやスペインのような積極的な海洋進出を行わなかったことが挙げられます。かつてドイツ植民地だったアフリカのナミビア、カメルーン、トーゴ等にはドイツ語を話す人々もいると言われていますが、現在では公用語とはなっていません。

上記のように、ほとんどヨーロッパでしか通用しない言語であるドイツ語ですが、日本をはじめ多くの国でフランス語と並ぶ文明語として学ばれてきました。ドイツは学問の非常に発達した先進国であり、特に日本は明治維新以降の近代化の過程でドイツの影響を受けてきました。日本では特に医学、科学、法学、音楽などの各分野において、ドイツの強い影響を受けました。現在の日本語にもドイツ語からの借用語は非常に多く、「カルテ」、「アルバイト」、「グミ」などが知られています。かつて日本の医師はカルテをドイツ語で書いていたと言われていますが、これは日本の医学がドイツの強い影響化にあったことを示しています。また、日本の法律は大陸法、特にドイツ法をベースに作られています。

このように、ドイツは学術先進国であったため、特に日本ではドイツ語を学ぶことが知識階級では一般的でした。現在ではその地位は英語に取って代わられていますが、現在でも大学の第二外国語としてはドイツ語とフランス語の二択となることが多いようです。

さて、スペイン語圏について見た時のように、ドイツ語圏の経済力についても簡単に概観しておきましょう。一人当たりの名目GDP(USドル)を見ると、ドイツ語圏の国であるルクセンブルクが105,863ドルで世界1位、同じくドイツ語圏のスイスが80,637ドルで世界2位となっています。それ以外のドイツ語圏を見て行くと、オーストリアが47,347ドルで世界15位、ドイツが44,769ドルで19位と、いずれも上位を占めています(リヒテンシュタインについては、小国のためかこのランキングには未掲載)。このランキングでは日本は38,448ドルで25位となっています。名目GDPですべてがわかるわけではありませんが、少なくともドイツ語圏の国々はすべて日本以上の所得を維持していると言えます。特にルクセンブルクとスイスは、日本の2倍以上の一人あたりGDPを記録しており、驚異的な経済力を誇っています。

言語圏ごとに経済力を比較すると、所得の格差が大きいフランス語圏、じり貧に近い状態のスペイン語圏、成長しながらも不安定なポルトガル語圏などと比較して、ドイツ語圏の国々は安定して高所得です。この理由として、ドイツ語圏は西ヨーロッパという世界でもっとも豊かな地域に所在しているという当然の事実が挙げられるでしょう。ドイツは大陸外の植民地をほとんど持ちませんでしたが、結果としてそれが言語圏の平均的な豊かさにつながっているとも言えるかもしれません。言語圏ごとの経済力を比較する意味があるのか、と問われると難しいところですが、例えば海外移住する場合、同じ言語圏が移住先となることが多いため、移住先の生活水準はわかるでしょう。また、複数の国にまたがって仕事をする場合も、同じ言語圏で働く場合が多いと考えられます。

以上のように見てみると、ドイツ語圏は他のヨーロッパ語の言語圏と比較して規模としては小さいものの、圧倒的な経済力を誇っていることがわかります。これは上記の通り、ドイツ語の国々が西ヨーロッパにだけ存在している当然の理由からなのですが、経済力はドイツ語の大きな魅力の一つと考えられます。言語学習は決してお金のためにだけやるものではありませんが、外国語学習の言語選びの参考情報として、経済力は一つの指標にはなるでしょう。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。