ヨーロッパの国家②ポーランド・チェコ・スロヴァキア

ヨーロッパの国家②ポーランド・チェコ・スロヴァキア

これまでブログでは、旧ソ連などいわゆる東側陣営の国々や、スラヴ諸語といった言語について書いてきました。スラヴ諸語には、すでに書いた通り、ロシア語など東側陣営の中心となっている言語と、現在では西側陣営に属する国々の公用語となっている、ポーランド語、チェコ語、スロヴァキア語などの言語が含まれています。ここで気になってくるのは、ポーランド、チェコ、スロヴァキアといった国々の地政学的地位です。日本人のあいだでは、これらの国々をなんとなく「東欧」と捉えていたり、いまだに東側陣営の国々だと捉えていたり、あるいはお洒落な国々と思っていたり、確定したイメージが存在していないようです。本日はポーランド、チェコ、スロヴァキアという3ヵ国について、書いていきたいとおもいます。

さて、ポーランド、チェコ、スロヴァキアについて書くといっても、ブログ上でこれらの国について詳細な考察をすることは不可能です。3ヵ国それぞれが独自の深い歴史や文化を持っているためです。そうすると、ブログ上でできるのは、これら3ヵ国の概要についてまとめることになります。しかしただまとめるだけでは面白みがありませんから、3ヵ国の特徴を比較し、その共通点と相違点を見てみることにしましょう。

まず、ポーランド、チェコ、スロヴァキアに共通する第一の特徴として挙げられるのは、それぞれの国の公用語であるポーランド語、チェコ語、スロヴァキア語がスラヴ語派西スラヴ語群に分類されているということです(スラヴ諸語の分類については昨日の記事で取り上げていますので、ここでわからなくなったら、昨日の記事を読んで復習してみてください)。スラヴ諸語のうち、東スラヴ語がキリル文字で、南スラヴ語がラテン文字とキリル文字の両方で書かれますが、西スラヴ語はもっぱらラテン文字でかかれます。昨日の記事に書いた通り、文字は宗教と結び付いており、西スラヴ語圏ではキリスト教カトリックとプロテスタントが歴史的に信仰されてきました(一方キリル文字は正教と結び付きます)。

第二の共通点としては、これらの国々が冷戦下では東側陣営に含まれていたことが挙げられます。ポーランドとチェコスロヴァキア(現在のチェコとスロヴァキア)は、かつてソ連を盟主とするワルシャワ条約機構のメンバーであり、ヨーロッパの社会主義体制における中心的な役割を担っていました。しかし、ポーランドやチェコスロヴァキアは元来西欧の民主主義的な精神を受け継ぐ国々でもあったため、冷戦下においても時にソ連と対立することはありました。そして1980年代、ベルリンの壁に象徴される東欧の民主化によって、ポーランドとチェコスロヴァキアは脱共産化、民主化を遂げました。「旧共産圏」と呼ばれるため、社会主義のイメージも強いですが、現在では完全に資本主義、民主主義を基本原理とする国家になっています。2004年にはEU(ヨーロッパ連合)に加入し、シェンゲン協定にも加入しているため、フランスやドイツなどとの間に国境はありません。

かつて仲間、というより「親分」とでも言えるような存在だったソ連の継承国家であるロシア連邦とは、非常に複雑な関係にあります。経済的な面においては、3ヵ国とロシアは比較的密接な関係にあります。一方、政治的には基本的に対立関係にあると言って良いです。これらの国々が冷戦体制下で割りを食っていたということだけでなく、さらに根深い歴史的な問題があります。ポーランドは18世紀のポーランド分割によって国家を解体され、東側の領土をロシアに支配されていました。いわばロシアの植民地のような状態だったのです。また、宗教的な対立感情もあります。ポーランドはヨーロッパでも稀にみる強固なカトリック国家であり、正教国家であるロシアとは宗教的にも対立します。チェコスロヴァキアは、歴史的にはドイツと深い関係にあり、精神的には西欧的な性質を持っています。アジア的、ユーラシア的側面を持つロシアとは折り合いが悪いのです。

各国の概要についても国ごとにまとめておきましょう。まずポーランドですが、人口は3800万人を擁し、日本に近い面積を持つヨーロッパの大国です。ポーランド語は西スラヴ語のなかでもレヒト諸語に分類され、独特の発音を持ち、チェコ語やスロヴァキア語とは区別されます。中世においては、ポーランド・リトアニア共和国として、かなり広大な領土を持つヨーロッパ屈指の強国として知られていましたが、上述の通りポーランド分割によってすべての領土をロシア、プロイセン、オーストリアに奪われました。第一次世界大戦と第二次世界大戦のあいだは独立を回復しましたが、独ソ戦のポーランド侵攻により壊滅し、1980年代の民主化まではソ連の衛星国となります。

チェコとスロヴァキアは、1918年にチェコスロヴァキアとして独立しました。初代大統領トマーシュ・マサリクは民主主義的で有能な政治家として有名です。しかし、1948年から1989年にかけてはソ連型の独裁的社会主義国家となりました。チェコ人とスロヴァキア人の連合国家として成立したチェコスロヴァキアは、1989年のビロード革命によって民主化すると、1993年にはチェコとスロヴァキアに分離独立しました。この独立は武力対決なしに成立したため、ビロード離婚とも呼ばれています。

チェコは人口1000万人、領土はポーランドの4分の1という小さな国ですが、東欧でも早く工業化が進み、大都市プラハを抱えています。プラハは日本人のあいだでも定番観光地の1つになっていますね。チェコの公用語となっているチェコ語は、西スラヴ語のなかでもスロヴァキア語と密接な関係にあります。チェコ語とスロヴァキア語の差は方言程度のものとも言われますが、独立からしばらく経った近年では、両者の違いは大きくなりつつあるとも言われます。チェコはかつて宗教改革の盟主であるヤン・フスがいた国ですが、現在では無心論者が多い国だと言われます。

スロヴァキアは、面積、人口ともに3ヵ国のなかでもっとも小さな国です。スロヴァキアはポーランド、チェコ、オーストリア、ハンガリー、ウクライナと国境を接し、山の多い地形の国です。スロヴァキア語は上記の通りチェコ語に近い言語です。スロヴァキアという名称は「スラヴ」に由来するというのが通説で、名前の似ている国「スロヴェニア」も同じ語源だと言われています。東西に長い国土を持つスロヴァキアですが、首都のブラチスラヴァは西端のオーストリア国境付近にあり、ウィーンのすぐそばに位置しています。オーストリアもスロヴァキアもシェンゲン協定に加盟しており国境審査はありませんから、西ヨーロッパとはかなり近い関係にある国であることがわかります。

最後に3ヶ国の経済状況について、例のごとく一人当たり名目GDPの比較から概観してみましょう。2017年の結果においては、チェコが20,401ドル、スロヴァキアが17,655ドル、ポーランドが13,821ドルとなっています。チェコとポーランドのあいだには開きがあるものの、おおむね日本の3分の1から2分の1程度の所得と考えることができるでしょう。先進国水準とは言い難いですが、旧社会主義国としてはそれなりの成長を遂げていることがわかります。通貨に関していうと、スロヴァキアは2009年にユーロを導入しましたが、チェコとポーランドは独自の通貨であるコルナとズウォティを使用し続けています。ユーロ導入にはさまざまなハードルがありますが、今後どのようにユーロ導入を進めていくのか、注目していきたいところです。

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。