音程について② 〜平均律のピアノと、純正律で彩られる世界〜

みなさん、おはようございます。ピアニストの渡邊拓也です。最近寒い日が続いていますが、皆さん、いかがお過ごしでしょうか。僕は1月半ばにインフルエンザをやってしまってから、何も体調を崩すことなく元気ですが、最近の寒波にはすこぶる参っています…(笑)これからもしばらく、特に寒い間は、体調第一に過ごしてまいりましょう。健康は本当に貴重な財産です。

 

さて、今日はまた音程についてフィーチャーしようと思います。普段ピアノを弾いて仕事をしている私ですが、声楽もやればヴァイオリンもかじっているので、もはや平均律の世界が当たり前ではなく、それ以外の音律が大変大事なものとして自分自身の中にあり続けます。

ヴァイオリンを弾く際は、正しい音程を作ること以前に、「その音程が純正な意味でハモっている、またははまっている」ことを、自分自身で分からなければなりません。依りまして、ピアノの平均律で慣れてしまった自分は、ヴァイオリンの即興演奏で、または音階練習で、「ピアノの音程以上に、最高に心地よい音程を取り続ける」ことを目標に感覚的な処理を行い、純正律での音階を習得するしかありませんでした。具体的には、例えば長調の第3音(ハ長調でいうミ)は少し平均律より低く取り、第5音(ハ長調でいうソ)は少し高く取り、導音(ハ長調でいうシ)はかなり高めに、ほぼ主音寄りに弾くこと、それ以外の音程は、基準になる第3、5音などから心地よい音程を割り出し、場合に応じた音程を取ることで解決してきました。

「ピアニストなのに、なぜそんな努力までするのか」という疑問が、読者の皆様の中に生まれるかもしれませんが、その答えは、「演奏において、純正な音程を想定していないと見えてこない旋律線や和声の豊かさがある」ことと、「作曲において、想起する音程が純正な方が、イメージがどんどん膨らむ」というメリットがあるからこそ、無意識にそれができるまで努力した、ということであります。合わせ物や電子音楽になるとそこまで必要でない概念であることもありますが、例えばピアノソロの音楽で、特に音律のことを考えずに弾くことと、純正な音程を想起しながら弾くことでは、特にメロディーがはっきりしている曲では顕著に現れるのですが、全く印象が変わります。ピアノを弾ける方、是非バッハの平均律のフーガ、またはアカペラの宗教曲の合唱の譜面などで、まずは「第3音は低め、第5音は高め、同音はかなり高め」を想定して弾いてみてください、きっと、今まで見えていなかった世界が、少しずつ見えてくるはずです。

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音楽大学、同大学大学院ヴィルトゥオーゾコースを修了。 音楽でしか表現出来ない世界に魅せられ、独学で作曲を勉強する。 大家の作品の演奏のみならず、「この世にかつてない、新しい音楽を作る」「自分の感じる世界を余すことなく表出する」という理念の元に、創作や独自の響きの研究も行っている。大学の専攻はピアノだが、ヴァイオリンも演奏する。