言語について⑦アルタイ語族という概念

私たちの話す言語である日本語は、系統的に謎が多い言語だとされています。19世紀ヨーロッパで比較言語学が発展した結果、ヨーロッパで話される言語の多くがインド・ヨーロッパ語族(印欧語族)という大きなグループに含まれることが判明しました。さらに、印欧語族のなかにもイタリック語派(ロマンス諸語)、ゲルマン語派、スラヴ語派など下位の分類があり、印欧語族に含まれる言語は詳細に分類されているのです。また、印欧語族以外の言語についても、ウラル語族(フィンランド語、エストニア語、ハンガリー語)、シナ・チベット語族(中国語、ミャンマー語、チベット語)、オーストロネシア語族(インドネシア語、マレー語、タガログ語)など、さまざまな語族の存在が明らかになっています。一方、日本語は日本語族(日本語と琉球語が含まれる)に分類され、孤立した言語であると見なされています。日本語の周辺で話される朝鮮語やアイヌ語も同じく孤立した言語だとされています。

このように謎の多い日本語の系統ですが、日本語の起源や分類を明らかにしようと試みた人々は、学者からアマチュアまでかなり多くいたようです。それぞれが日本語とそれ以外の言語の文法や単語を比較し、類似性を見出そうと努力しました。そしてさまざまな仮説が立てられました。代表的なものでは、朝鮮語、オーストロネシア語族やドラヴィダ語族など、アジアの諸言語との関連性が提唱されました。しかし、これらの仮説のうち、学問的に認められたものは存在していません。そのような仮説のうち、もっとも興味深いのは、日本語がアルタイ語族という語族に含まれるというものです。

アルタイ語族とは、トルコ語や中央アジアの言語を含むチュルク語族、モンゴル語を含むモンゴル語族、満州などで話されるツングース語族、さらに日本語や朝鮮語等が含まれるとても大きな語族です。アルタイ語族は1960年代頃までは受け入れられていた説ですが、現在では他の仮説と同様、学問的に認められていません。「アルタイ」とは、中央アジアにあるアルタイ山脈から来た名称です。アルタイ山脈はロシア、カザフスタン、モンゴル、中国にまたがっています。

アルタイ諸語の根拠とされた各言語の共通点は、母音調和という音声的な特徴、膠着語(単語に接頭辞や接尾辞を付けて意味が変わる言語)であること、語順などがありました。語彙的な共通点については、説得力のある証拠は提示されていません。また、日本語は母音調和を欠いているため、他のアルタイ諸語とは異なっています。このように、アルタイ語族は学説としては不十分な点が多すぎるため、あくまで仮説に留まっており、さらに近年ではもはや説得力のない仮説と考えられています。それでも、日本語や朝鮮語など孤立した言語を語族に含めようとした意図は興味深いものです。結果としてアルタイ語族が証明されることはなかったものの、これにより日本語を他の言語と関連付けることの難しさは確固たるものになったと言えるでしょう。

具体的に、アルタイ語族にはどのような言語が含まれていたのでしょうか。まず、アルタイ語族であると広く認められている言語には3グループあります。それが、チュルク語族、モンゴル語族、ツングース語族に含まれる言語です。チュルク語族はいわゆるトルコ系の言語のことで、話者数の多い言語ではトルコ語、アゼルバイジャン語、ウズベク語、カザフ語、ウイグル語、トルクメン語、タタール語などが含まれます。話される地域はトルコ、中央アジア、ロシア、中国などにまたがり、「トルキスタン」とも呼ばれます。モンゴル語族はモンゴル系の言語であり、モンゴル語、ブリヤート語、オイラート語など、モンゴル系民族の言語が含まれます。ツングース語族は現在では話者数の少なくなっている語族です。ツングース語族に含まれる言語としては、ロシアや中国で話されるエヴェン語、エヴェンキ語、オロチョン語、ウデヘ語、ナナイ語、そして満州語が含まれます。満州語は清王朝や満州国皇帝を輩出した満州族の言語として知られていますが、現在中国国内の満州族(満族)の多くが中国語を話すため、消滅危機言語となっています。これらチュルク語族、モンゴル語族、ツングース語族に日本語や朝鮮語を加えて、アルタイ語族とする説が支持されていました。

上記の通り、アルタイ語族は科学的に証明することが難しく、現在では過去の仮説止まりの概念となっています。具体的には、語族を証明するためには数詞や基本語彙など、基礎的な単語に共通性を見出す必要性があるところ、アルタイ語族では中心的な構成言語であるチュルク語族、モンゴル語族、ツングース語族のあいだにすらそのような共通点を見出すことができなかったとされています。日本語と朝鮮語はさらに遠い言語ですから、これによってアルタイ語族は証明不可能な仮説となってしまったのです。

日本語と朝鮮語についても、相互の関連性を裏付けようとした研究が多くありますが、確実な系統的関連性は証明されていません。日本語と朝鮮語は文法的に類似性があるものの、基礎語彙に共通性はほとんど見られないとされています。7世紀まで朝鮮半島北部を支配した高句麗の言語である高句麗語は、日本語と類似している部分も多いとされています。しかし高句麗語は資料が少なく、十分な研究をすることが難しい状態です。北海道や千島列島、樺太で話されるアイヌ語は、日本語と類似した語彙もありますが、これは借用語だとされています。アイヌ語は音声的にも日本語と異なり、日本語にはない閉音節(子音で終わる音節)が存在するなど、相違点が多いです。結局のところ、日本語と朝鮮語・アイヌ語などの言語を共通の系統に位置付けることは難しいようです。

本日は、日本語の系統に関する仮説の1つとして、アルタイ語族という概念について書いてみました。といっても、すでに書いた通り、アルタイ語族は過去の仮説であり、今後有力な証明がなされることはないように思われます。それでも、日本語をチュルク語、モンゴル語、ツングース語、そして朝鮮語などと関連付けようとした意義は大きいように思われます。実際、トルコ語やモンゴル語などの教科書を見ていると、日本語となんとなく共通点があるように思うことも多々あります。特に文法や語順が日本語に似ている、と感じることは多いです。日本語と朝鮮語においてはこの傾向は顕著で、「日本語と朝鮮語の文法はほぼ同じ」と言う人までいます。しかし、このような感覚は科学的な裏付けのあるものではないので、言語の系統の証拠とはなりません。日本語と朝鮮語の共通点は語順がSOVである点や膠着語である点に留まり、基礎語彙に類似性はほとんどないのです。そうなると、これらの言語のあいだには系統的な共通性を示すほどの類似点はないということになります。「なんとなく言語が似ている」と感じることはよくありますが、このような直観が正しいかどうかは、科学的な観点で証明しなければ、真実とは言えません。なんとなく似ている、というところから仮説を立て、そしてそれを証明しようと試みたができなかった、という点にアルタイ語族という概念の重要性があるように思われます。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。