多民族国家としてのロシア①

これまでにもロシアや東欧に関する記事を多く書いてきました。これは僕が、日本においてこれらの地域についての情報があまりに少ない、と感じてきたからです。というわけで、ロシアを取り上げることには特に政治的な意図があるわけではないことを一応宣言しておきたいと思います。もう一つ僕が問題だと感じていること、それは単一民族神話です。これは特に日本や韓国において顕著だとされていますが、日本には日本人のみが、韓国には韓国人のみが居住しているという考え方です。どのようなイデオロギーを選択するにしても、このような状態は科学的にありえないわけで、それゆえ「神話」とも呼ばれているのですが、日本ではこの神話が根強く信仰されているわけですね。

さて、世界中のさまざまな国についても、この「神話」を適用してしまう癖が日本人にはあるようです。例えば、イギリスにはイギリス人という民族がいて、ロシアにはロシア人という民族がいる、というような考え方ですね。イギリスにはイングランド人、スコットランド人、ウェールズ人、アイルランド人などの土着民族が存在することはすでに確認しました。さらに、これに加えて日本人などのアジア人を含むさまざまな移民によって成り立っているのがイギリスです。

イギリスやアメリカが多民族国家であることは、言うまでもないでしょう。では、ロシア連邦はどうでしょうか。ロシア人というと、全員ブロンドで碧眼の人々(「銀河鉄道999」のメーテルのような)だというイメージを持つ日本人も多いのではないでしょうか。実はこれはかなり間違ったロシア観なのです。ロシアはロシア帝国時代、ソ連時代、そして現在のロシア連邦と、一貫して多民族国家として知られています。そして、基幹民族であるロシア人以外の人々の権利保障について、アメリカなどと同様、長い歴史を持つ国でもあるのです。本日はそんなロシアを「他民族国家」という観点から見て行きたいと思います。

ロシア連邦の憲法前文の書き出しは「我ら、多民族からなるロシア連邦国民は」で始まり、ロシアには190種類の民族が存在するとされています。しかし、ロシアが多民族国家だと言ってもピンと来ないと思います。そこで、具体的な統計データからその多民族性を明らかにしてみましょう。データは2010年の調査結果を使用します。冒頭のグラフも参照してみてください。まず、ロシア連邦の人口(約1億4千万人)で第1位を占めるのがご存じ「ロシア人」です。ロシア人はロシアの人口の80%を占めています。第2位は「タタール人」で、約4%を占めています。詳細は後述しますが、タタール人はチュルク系(トルコ系)の民族です。第3位は「ウクライナ人」で、約1.5%を占めています。第4位はバシキール人、第5位のチュバシ人、第6位のチェチェン人はそれぞれ人口の1%程度となっています。以下は人口比1%を切りますが、それぞれ国内で存在感を持つ諸民族です。

7位 アルメニア人

8位 アヴァール人

9位 モルドヴィン人

10位 カザフ人

11位 アゼルバイジャン人

12位 ダルギン人

13位 ウドムルト人

14位 マリ人

15位 オセット人

16位 ベラルーシ人

17位 カバルディン人

18位 クムィク人

19位 ヤクート人

20位 レズギン人

21位 ブリヤート人

22位 イングーシ人

23位 ドイツ人

24位 ウズベク人

25位 トゥバ人

これで、ロシアにさまざまな民族が存在することは明らかになったでしょう。少数民族の権利保障として、ロシアではソ連時代から各民族の自治共和国や自治区を設置してきました。政治の実態としては、ソ連時代からロシア語の地位を教化するような政策が実質的に継続されてきたとは言えますが、物理的に諸民族の地位を確定する政策が行われてきたことは重要です。ロシアでは州や共和国といった約80の「連邦構成主体」という行政区分が、ロシア連邦という大きな国を構成しています。このうち、26の連邦構成主体が少数民族を根拠として設置されています。このような連邦構成主体のうち、人口の多い少数民族は「共和国」を、人口の少ない少数民族は「自治管区」を持つことになっています。

現在ロシア連邦にある共和国は次の通りです。アディゲ共和国、アルタイ共和国、バシコルトスタン共和国、ブリヤート共和国、ダゲスタン共和国、イングーシ共和国、カバルダ・バルカル共和国、カルムイク共和国、カラチャイ・チェルケス共和国、カレリア共和国、コミ共和国、マリ・エル共和国、モルドヴィア共和国、サハ共和国(ヤクート共和国)、北オセチア共和国、タタールスタン共和国、トゥバ共和、ウドムルト共和国、ハカス共和国、チェチェン共和国、チュバシ共和国。タタール人のタタール共和国、ブリヤート人のブリヤート共和国、ヤクート人のヤクート共和国のように、主体となる民族が名称から分かる共和国とそうでない共和国があります。ダゲスタン共和国などでは、複数の少数民族がそれぞれ主体的な存在になっています。これらの共和国は独自の憲法、公用語、首都を持ち、国家に準じるような地位を得ています。

自治管区の数は少なく、チュクチ自治管区、ハンティ・マンシ自治管区、ネネツ自治管区、ヤマロ・ネネツ自治管区の4つが存在します。いずれも自然が非常に厳しいシベリアなどにあり、人口過疎地域に所在しています。こちらは共和国よりは弱い自治権を有しています。

さらに、極東ロシアにはユダヤ人を名目上の主体とするユダヤ自治州が存在しています。しかし、現在ではユダヤ人の人口は1%に過ぎず、ほぼ形式的な存在に留まっています。

このように、ロシア連邦内では少数民族を主体とする共和国や自治管区が多数存在しています。主体といっても、各民族が自治体内で多数派を占めることはほとんどなく、実質的にはロシア人の人口が多くなっています。それでも、少数民族に独自の権利を付与している点は非常に重要なのです。自治共和国、自治管区によって状況はかなり異なりますが、少数民族の言語が広く話されている地域が残っているのも、このような政策の結果といえるでしょう。具体的には、タタール語やチェチェン語といった言語は未だに多くの話者数を残しています。

同じく「多民族国家」、「人種のサラダボウル」と呼ばれるアメリカ合衆国は、ロシアとは少し異なる状況にあります。歴史的に、アメリカはアングロサクソン系の白人移民を中心として成り立ってきた国家であり、次第に黒人や移民の権利擁護が進みましたが、先住民族であるネイティブアメリカンを保護する政策が行われることはほとんどなかったといえるでしょう。アメリカではネイティブアメリカンの居住地を「インディアンテリトリー」として認めていますが、歴史的には強制移住や同化政策によって、彼らの権利は深刻に侵害されてきたと言えます。

ロシア及びソ連は、先住民族政策に関してはアメリカよりも穏健な態度を取り続けてきたと言えます。もちろんロシアにもチェチェン紛争など、独立をめぐる深刻な対立は存在します。また、ソ連時代にはウクライナ人やユダヤ人に対する迫害も存在しました。しかし、実質的にロシア化政策を進めているにせよ、形式的に少数民族の権利を保障し、自立する余地を残しているところに、ロシアの政策の長所を認めることはできるでしょう。ロシアには他の国々と同じく、人種差別や民族差別は存在します。それでも、少数民族の権利保護の制度化という意味では、かなり先進的な試みを行ってきた国の1つでもあるのです。

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。