言語について⑧ウラル語派とフィンランド

近年、日本では北欧諸国、特にフィンランドに対する関心が非常に高まってきているようです。ここ10年ほどでしょうか、映画、ドラマ、CM、雑誌などでフィンランドがよく取り上げられています。洋服やバッグの有名な「マリメッコ」、食器の「イッタラ」などのフィンランド系ブランドは有名ですし、映画「かもめ食堂」の舞台もフィンランドの首都ヘルシンキでした。なんとなくおしゃれなイメージのある国として、フィンランドは他の北欧諸国よりも根強い支持を得ているようです。さらに、教育水準の高さや充実した社会保障など、社会制度においても成功した国家として有名です。

そんなフィンランドですが、フィンランド語とスウェーデン語が公用語とされています。もっとも、フィンランド国民のほとんどがフィンランド語を話し、スウェーデン語は西部の一部住民が話す程度です。フィンランドは20世紀初頭に独立するまで、スウェーデンとロシアの支配を受けてきました。特に、同じ北欧諸国の一つであるスウェーデンとは密接な関係にあり、人口の数パーセントはスウェーデン語を母語とするスウェーデン系フィンランド人です。さて、スウェーデン語が英語やドイツ語などと同じインド・ヨーロッパ語族ゲルマン語派に分類されるのに対し、国民の大多数が話すフィンランド語は、ウラル語族フィン・ウゴル語派に分類されています。フィンランドに対する注目が高まる現在ですが、その言語についてはあまり知られていないようです。そこで、本日はフィンランド語に限らず、「ウラル語族」という言語グループについて解説していきたいと思います。

ウラル語族の「ウラル」とは、現在のロシア連邦中部、ユーラシア大陸の真ん中にあるウラル地方から来ています。ウラル語族の先祖であった言語は、このウラル地方に端を発し、そこから分岐して各地へ分散したのが現在のウラル語族の言語であると考えられています。念のためおさらいしておくと、「語族」とは言語の分類において基本的に最上位の分類群となります。つまり、英語やフランス語をはじめとするヨーロッパの諸言語が含まれるインド・ヨーロッパ語族とフィンランド語が含まれるウラル語族はまったく異なる言語グループである、といえます。「フィンランド人はアジア系民族だ」という人もおり、これは必ずしも正しくありませんが、言語だけを見るとフィンランド語の起源はユーラシア大陸の中央部にあったことになります。

ウラル語派の言語が話される地域は、大別してウラル山脈の西部で話されるフィン・ウゴル語派とサモエード語派に分かれます。フィン・ウゴル語派の言語としては、フィンランド語(フィンランドの公用語)、エストニア語(エストニアの公用語)、ハンガリー語(ハンガリーの公用語・「マジャール語」とも)、サーミ語(フィンランド、ノルウェー北部で話される)、そしてロシア連邦国内で話される、ハンティ語、マンシ語、ウドムルト語、コミ語、マリ語、モルドヴィン諸語などが存在します。サモエード語派は、ネネツ語、ガナサン語、エネツ語、セリクプ語などが含まれ、いずれもロシア連邦国内で話されています。フィン・ウゴル語派の言語はフィンランド語(話者数600万人)、エストニア語(話者数110万人)、ハンガリー語(話者数1450万人)など、話者数が多く国家の公用語となっている言語も含まれています。一方、サモエード語派はシベリアの少数民族の言語であり、話者数も少なくなっています。

以上のように、ウラル語族はユーラシア大陸の北部で広く話されていることがわかります。ただ「広く」といっても、インド・ヨーロッパ語族のようにあまねく話者が広がっているわけではありません。フィンランド語、エストニア語、ハンガリー語を別にすれば、ウラル語派の言語は話者数も少なく、保護基盤もかなり脆弱な言語となっているのです。特にロシア連邦国内では、ウラル語族の言語について形式的な権利保障はなされているものの、実質的にはロシア語を話す人々が多くなってきています。そのため、ウラル語族の言語の話者はユーラシア大陸北部においてまばらに広がっている状態だといえるでしょう。地図で見ると良くわかりますが、ハンガリー語の分布は他のウラル語族の分布よりもかなり南に離れており、これもハンガリー人の起源についてさまざまな憶測を呼んでいます。

ウラル語族の共通点、特徴として挙げられているのは、母音調和があること、膠着語であることなどです。母音調和については、アルタイ語族の記事でも取り上げましたが、1語中の母音の組み合わせに一定の制約が生じる音声的な特徴を指します。膠着語は、言語を構成に従って分類した場合の名称の1つであり、日本語のようにある言葉に接頭辞や接尾辞を付着させて意味を作る言語のことです。「フィンランド語と日本語の文法は似ている」という話を聞いたことがあります。これは結構暴論だと思いますが、フィンランド語と日本語が膠着語である点ではそう表現することもできるでしょう。なお、インド・ヨーロッパ語族の言語(英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語等)は屈折語、中国語などは孤立語という言語に分類されています。

ウラル語族の分布の話に戻りますと、おしゃれな北欧の言語として知られるフィンランド語と、雪深い人口過疎地帯のシベリアで話されるネネツ語が同じ祖先を持つというのは不思議ですが、こんな事実まで明らかにしてしまうのが比較言語学のすごさですね。もっとも、ここに意外性を感じるのも、言語や文化、言語や人種は一致するものであろう、という勝手な先入観に基づくものです。言語は人の辿ってきた長い歴史(言語学ではこれを「通時性」と呼びます)を宿すものであり、それは人間の表面的な観察によって明らかにできるものではありません。

フィンランドへ行くと、人々の話す言語の異質さに少し驚きます。なぜ「異質さ」を感じるのかと言うと、私たちが「フィンランド=ヨーロッパ」と当然に思っているため、フィンランド語と他のヨーロッパ言語(例えば英語、スウェーデン語やロシア語)を無意識に比較してしまうせいです。フィンランドの首都ヘルシンキの駅に行くと、交通機関の放送はフィンランド語、スウェーデン語、英語の3言語で流れています。そのうち、フィンランド語の響きは際立って硬質で、スウェーデン語や英語とは明らかに異なる言語だと分かります。実際、フィンランドは文化的にも政治的にもヨーロッパの一角を占める国ですが、その言語はれっきとしたウラル語派、ユーラシア大陸の中央に起源を持つ言語なのです。ハンガリーやエストニアについても、同様のことがいえるでしょう。

もちろん、言語系統が同様だからといって、ある民族とある民族が同様の文化を有しているというわけではありません。フィンランドやエストニアは北欧文化の、ハンガリーは中央文化の影響を強く受ける一方、ロシア連邦内のウラル語派の話者は当然ロシア文化の影響を強く受けているのです(より正確にいえば、エストニアは長くソ連の支配を受けたため、ロシア語話者が非常に多く、文化的にもロシア的側面が非常に強いです。が、政治的には反露新欧的性格を持ちます)。言語と文化は、必ずしも一致するものではないということは、ウラル語族の言語を概観してみると明らかになってきます。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。