事実上独立した地域について①

これまでこのブログでは、さまざまな地域の言語や法律、政治や文化について語ってきました。そのなかで重要なのはやはり国家という枠組みだったと思います。特に外国をテーマとするとき、私たちは殊更注意を向けることなく「イギリスの文化」とか「フランスの文化」といった表現を使います。しかし、このブログでいろいろな記事を書いてきて改めて思うのは、国(国家)と一言でいってもそのあり方はかなり多様だなということです。すでに書いた通り、イギリスは「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」という国(国家)ですが、そのなかには「イングランド」、「スコットランド」、「ウェールズ」、「北アイルランド」という国(カントリー)が含まれています。また先日取り上げたように、ロシア連邦には少数民族を主体とするさまざまな「共和国」が存在し、それぞれ独自の憲法を持ちます。

上記のような国家の多様性を眺めていると、「国家とは何なのか」という疑問が当然ながら湧いてきます。この問題に関しては、政治学、法学、社会学、経済学、文学などさまざまな観点から考えることができるでしょう。そして、それぞれ違った答えを得ることになるだろうと予想します。つまりかなり複雑な問題で、ある意味不毛な問題でもあるので、ここでその解決を目指すことはやめておきます。個人的には、法学(とりわけ憲法学)における「国家」という概念は明確で比較的理解しやすいと思っています。法学では「国家三要素説」として、国家は「領土」、「人」、「権力」の3要素から成り立つとされています。これはかなり大雑把というか「いろんなものに当てはまるじゃん」と思ってしまうところですが、あらゆる国家を取りこぼさないよう最低限の共通項を掬いだすと、このようなシンプルな要素が残るのでしょう。法学では、この3要素からなる国家の存在を基礎付ける基本法が「憲法」なのだとされています。が、いまは憲法の話は置いておきましょう。

さて、前置きが長くなってしまいました。上記のように、世界にはさまざまな形態の国家が存在しており、それらの最低限の共通項が「領土」、「人」、「権力」ということになります。逆に言えば、国家の共通項といえばこの3つしかないと言えるほどに、世界の国家には多様性があるということかもしれません。それは上に挙げたイギリスやロシア連邦の例で明らかですね。また、アメリカ合衆国や日本のような国々もかなり独自性を持ちます。しかし、世界にはさらに不可思議な特徴を持つ「国家」が存在します。それは「未承認国家」です。

現代において国家は一般的に、他国からの承認によって主権国家として認識され、国連加盟などを以て国家とされます。一方、政治的な理由等なんらかの事情によって他国家からの承認を得られない国家が存在し、これらを「未承認国家」と呼んでいます。未承認国家には、上記の国家三要件説を満たし実質的に独立しているのにも関わらず承認が得られていないものと、要件を満たしていないのに勝手に独立を表明しているものがあります。前者のような未承認国家は「事実上独立した地域」と呼ばれており、国家に準ずる扱いを受けることもあります。

本日はこの「事実上独立した地域」をいくつか取り上げてみたいと思います。「事実上独立した地域」の定義も1つではないと思うのですが、ここでは国連の参加実績のない8地域だけを扱いたいと思います。

まずは近年の報道でもある程度名前が知られている地域「コソボ」です。コソボについては、ユーゴスラヴィアに関する記事で少しだけ書きました。1980年代から2000年代にかけて、ユーゴスラヴィア連邦では連邦に反旗を翻し独立を目指す各地域(クロアチア、スロヴェニア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、マケドニア等)が連邦と戦闘を行い、ユーゴ紛争が起きました。コソボは元来セルビア国内の自治州でしたが、セルビアとの対立が激化し、最終的に「コソボ共和国」として独立宣言がなされました。コソボの人口において多数を占めるのはアルバニア語を話すアルバニア人(イスラム教徒)で、セルビア語を話すセルビア人(正教徒)とはまったく違う民族です。現在では、コソボは100ヶ国以上の国家から独立を承認されています。

次に、グルジア(現ジョージア)から分離独立したアブハジア共和国と南オセチア共和国に触れておきます。これらの地域については以前も触れましたので、おさらいという形にならます。グルジアは1991年のソ連崩壊とともに独立しましたが、その後の政情は常に不安定でした。北海道よりも小さい面積にさまざまな民族が共住し、なかでもアブハジアと南オセチアは火種となってしまいました。1990年代からこれらの地域では紛争が勃発し、2008年まで戦闘が断続的に続いていました。最終的にアブハジアはアブハジア共和国として、南オセチアは南オセチア共和国として事実上独立し、グルジアとは対立状態にあります。アブハジア人の話すアブハジア語はグルジア語と同じくコーカサス諸語に含まれますが、前者が北西コーカサス語族、後者が南コーカサス語族に分類されており、やはりかなり離れた言語ではあります。オセチアの住民はオセット人と呼ばれ、オセット語を話します。オセット語は印欧語族に含まれる言語で、コーカサス諸語のグルジア語やアブハジア語とはまったく系統が異なります。オセチア人の住む地域は北オセチアと南オセチアに分かれており、北オセチアは現在ロシア連邦の一部となっています。

次に、コーカサス地方のアルツァフ共和国に触れておきましょう。アルツァフ共和国はナゴルノ・カラバフ共和国とも呼ばれ、アゼルバイジャンのなかにあるアルメニア系の地域です。アゼルバイジャン人はトルコ系のアゼルバイジャン語を話すイスラム教徒、アルメニア人は印欧語族のアルメニア語を話すキリスト教徒でまったく異なる民族ですが、アルツァフ共和国はアゼルバイジャン内でも人口のほとんどをアルメニア系が占める地域でした。ソ連崩壊直前からこの地域では殺戮や紛争が相次ぎ、現在ではアルツァフ共和国は事実上アゼルバイジャンとは分離した状態にあります。

沿ドニエストル共和国は、旧ソ連モルドバ共和国の北部、ドニエストル川流域に広がる細長い地域です。ソ連崩壊後、ルーマニア系住民の多いモルドバはヨーロッパへの回帰路線を進めていきますが、それに反対する一部住民が共産党独裁的な国家を求めて分離したのが沿ドニエストル共和国です。かなり細長い地域ではありますが、モルドバからは独立を保ち続けており、今後の動向が注目されます。

次の北キプロス・トルコ共和国は、トルコ南部に浮かぶキプロス島の北部を実効支配する地域です。キプロスはギリシア系住民とトルコ系住民が共住する島ですが、ここでも民族対立が起こり、北をトルコ系、南をギリシア系が支配するようになりました。ギリシア系が主体となっている南部のキプロス共和国は世界的にも承認されており、EU加盟国にもなっています。

ヨーロッパに存在する6地域を取り上げましたが、そのうち実に4地域(アブハジア、南オセチア、アルツァフ、沿ドニエストル)が旧ソ連だったのです。ソ連は民族ではなく社会主義というイデオロギーを共通項とする国家だったため、さまざまな民族が共存していました。しかしイデオロギー的な国家が崩壊し、民族ごとに国境を確定しようという試みを行った結果、殺戮や暴力が横行し、紛争に至ったという経緯があります。

さて、次にアフリカに存在する事実上独立した地域を取り上げておきましょう。アフリカ北部の「アフリカの角」と呼ばれる地域に存在したソマリア連邦共和国は1990年代以降の内戦によって分断され、以降は無政府状態が続いていることで知られます。そんなソマリアですが、内戦後に分断された領土で、プントランド、南西ソマリア、ソマリランドといった政府が独立を宣言しています。なかでも特に国家に近い実態を有しているのが、ソマリランドです。ソマリアはもともと旧イギリス領ソマリランドとイタリア信託統治領ソマリアが統合した地域でした。そして統合後にソマリア情勢が悪化し、再び旧イギリス領ソマリランドを復活させた形式をとっているのが現在のソマリランドです。ソマリランドは現在世界最貧国の1つとされているものの、政情は南部のソマリアよりも安定しています。公用語はソマリア語とアラビア語となっています。

世界地図でアフリカを見ると、西側に空白地帯が存在していることに気づきます。あるいはその領域には小さい文字で「西サハラ」と書かれているかもしれません。ここはかつてスペインの植民地であるスペイン領サハラでしたが、1970年代にスペインが手放して以降、帰属は係争状態にあります。この西サハラを領土に持つ国家として独立を宣言したのがサハラ・アラブ民主共和国です。しかし、実際のところ、西サハラの大部分は北の隣国であるモロッコの実効支配下にあり、サハラ・アラブ民主共和国が実行支配しているのは東部の地域のみです。日本を始めとする多くの国はサハラ・アラブ民主共和国を国家承認していません。一方、これらの国はモロッコが西サハラを領有することも承認していません。そのため、国際的には西サハラの帰属は定まっていない状態とされており、地図では空白で描かれているのです。

本日は、未承認国家のうち、「領土」、「人」、「権力」という国家の三要素を満たす事実上独立した地域を扱いました。これら事実上独立した地域も、状況はさまざまであり、余計に「国家とは何だろう」という疑問が深まってしまった気さえします。実は、事実上独立した地域とされているのは、本日取り上げた8地域だけではありません。最初の方に書いた通り、本日は国連に加盟した実績のない地域のみを取り上げているのです。国連のオブザーバー資格を有する地域としては、パレスチナがあります。また、日本の南部に位置する中華民国(台湾)はかつて国連加盟国でしたが、中華人民共和国の台頭によってその地位を失ってしまった地域です。

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。