言語について⑨ケルト語派とその国々

こちらのブログでは、系統に基づいてさまざまなヨーロッパの言語について書いてきました。フランス語やイタリア語などのロマンス諸語、英語やドイツ語などのゲルマン諸語、ロシア語やポーランド語などのスラヴ諸語、そしてフィンランドなどのフィン・ウゴル諸語を取り上げましたね。ヨーロッパの言語について多少知識があれば「ロマンス、ゲルマン、スラヴと来たら次はケルト」と思う方もいるかもしれません。というわけで、今回はインド・ヨーロッパ語族のケルト語派に含まれる言語について書いていきます。

「ケルト」と聞いて、言語に造詣の深い人以外の方が思い浮かべるのは「ケルト音楽」でしょう。「ケルト音楽」は商業的な概念であり、アイルランド、スコットランド、ウェールズなどケルト民族の国々、地域で伝承されてきた音楽の総称です。「ケルト民族」と書きましたが、基本的にはケルト語派の言語を歴史的に話してきた人々を「ケルト民族」、「ケルト人」と呼びます。ただ、詳細は後述しますが、ケルト人の多くが、イギリスやフランスなどの大国の政策により英語、フランス語などを話すようになっており、現在ケルト諸語の話者数は激減しています。

紀元前の時代、ケルト文化はとても繁栄していたとされ、ケルト人は現在のイギリス、スペインからウクライナやルーマニアにまで至る広大な領域に分布していました。しかし、ヨーロッパでゲルマン人が北方から移動してくるとケルト人は次第に圧迫され、現在のイギリスやフランス、スペイン付近へと追いやられていきます。やがてローマがこれらの地を征服すると、多くの住民はラテン語を話すようになりました。このようにして、かつてヨーロッパ大陸の広大な領域を占めていたケルト人は激減しました。そして、ブリテン諸島(現在のイギリスやアイルランド)やブルターニュ半島(フランス東部の半島)にのみ、ケルト語を話すケルト人が残留しました。

ケルト諸語はロマンス諸語を含むイタリック語派の言語との共通点があり、さらにゲルマン語派との共通性も指摘されています。ただ、「共通点がある」というのは決してそれぞれの言語が似ているという意味でなく、言語学的に一致が見出せるということに過ぎません。ケルト諸語の言語を耳にするとわかりますが、これらの言語はフランス語やイタリア語などのロマンス諸語や英語やドイツ語などのゲルマン諸語とは似ても似つかない言語です。

現存するケルト諸語の言語は語派内でもかなり多様性があり、言語学的に2つのグループにわけられています。現存するケルト諸語のうち、アイルランドやスコットランドなどで話されている言語を「ゲール語」と呼びます。一方、ウェールズ、ブルターニュなどの言語は「ブリトン諸語」と呼びます。音声的な特徴から、ゲール語は「Qケルト語」、ブリトン諸語は「Pケルト語」という風に呼ばれたりもします。

ケルト語派に含まれる言語を具体的に挙げておきましょう。まず、ゲール語に分類される言語としては、アイルランド語、スコットランド・ゲール語、マン島語があります。一方、ブリトン諸語に含まれる言語としては、ウェールズ語、ブルトン語、コーンウォール語などがあります。いずれの言語も話者数は少なくなっており、消滅の危険性が指摘されている言語です。

現在でもケルト諸語が話されている国・地域を改めて挙げておきたいと思います。また、各言語の話者数も気になるところです。まず、ケルト諸語のなかでも知名度の高いアイルランド語はアイルランド共和国の第一公用語となっています。話者数は35万人とされています。アイルランドでは多くの国民が英語を話しており、アイルランド語を日常的に使っている人はごく一部です。アイルランド西部では日常的にアイルランド語を使用する地域も存在し、これらの地域は「ゲールタハト」と呼ばれています。イギリスからの独立を目指しているスコットランドでは、スコットランド・ゲール語が話されています。スコットランド・ゲール語の話者数は57,000人程度と少なくなっていますが、スコットランド北部のハイランド地方で話者数が多い傾向にあります。独立の機運の高まりもあって、スコットランド・ゲール語の使用は盛んになりつつあるようです。イギリスの島であるマン島で話されるマン島語は、1974年に最後の話者が死去し、死語となりましたが、その後人為的な努力によって復活したとされています。マン島語の現在の話者数は1,800人程度とされています。

ブリトン諸語の1つであるウェールズ語は、なんと70万人の話者数を保持しています。ウェールズ語はイギリスのカントリーの1つであるウェールズで話されていますが、北西部では英語よりもウェールズ語を使用する人口が多くなる傾向にあります。ウェールズ人の人口のうち20%以上の人々がウェールズ語を話すとされています。ウェールズでは教育の言語としても、ウェールズ語が使用されるようになってきています。同じくイギリスのイングランド南部にはコーンウォール半島があり、ここではコーンウォール語が話されています。しかし、コーンウォール語は一度死後となっており、現在は復興の努力によって数百人の人々が話すのみとなっています。

上記のように、ケルト諸語の多くはイギリスの影響の強い地域で話されており、英語との競合関係にあります。一方、ブリトン諸語のブルトン語はフランス北部のブルターニュ地方で話される言語です。ブルターニュといえば、クレープやガレットに代表されるブルトン料理が有名な地域ですが、実は言語的にも特異なエリアなのです。ブルトン語話者はかつて100万人を超え、ブルトン語しか話さないモノリンガル話者も多かったと言いますが、現在では話者数は20万人程度となり、ほとんどがフランス語とのバイリンガルとなっています。それでも20万人ですから、ケルト諸語のなかではウェールズ語、アイルランド語に次ぐ話者数を維持している言語ではあります。

上記のように、ケルト諸語はイギリスとフランス両国の強い影響化にあります。多文化主義が推奨されるヨーロッパにおいて、イギリスやフランスは単一言語主義の強い国家ですから、ケルト諸語の保存にも消極的なのです。それでも、近年では地域住民や学者の自主的な努力によって一度消滅した言語を復興させるなどの動きが活発になりつつあります。

EU(ヨーロッパ連合)は、政策上多言語主義を非常に重視しており、「ヨーロッパ地方言語・少数言語憲章」という条約によって多言語主義の実現を目指しています。少数話者言語の保護を促進するこの条約はヨーロッパのほとんどの国で署名・批准されているのですが、一部の国は署名のみで批准を行っていません。その筆頭はフランスで、フランスは伝統的にフランス語重視の政策を行っているため、条約の批准を拒んでいます。これはケルト諸語の1つであるブルトン語の扱いにも大きな影響があります。

ケルト諸語圏に関連する国際的な動きとしては、イギリスのEU脱退「Brexit」も挙げられるでしょう。イングランド国内でも反対の声が多いEU脱退ですが、もともとEUとの協調を重視していたスコットランドでは特に反対意見が強いようです。スコットランドでは2014年の国民投票で独立派が敗北しましたが、イギリスに残留したままではEUから脱退せざるをえない状況となった今、スコットランド独立派は再び勢力を増しつつあるようです。スコットランドが独立した場合、スコットランド・ゲール語は国家の公用語とされる可能性が高く、アイルランドのような保護政策が行われるようになるでしょう。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。