言語圏について⑥アラビア語圏

これまでこのブログでは、「言語圏」という概念を軸にして世界のさまざまな地域について語ってきました。言語圏はある言語を公用語や共通語として成り立つ空間的領域のことを指し、国家間の連合や国家を超えた共同体としての役割を担っているため、世界情勢を考えるうえで外せない視点だと考えています。だからこそ、これまでさまざまな言語圏を取り上げてきたのです。これまで取り上げた言語圏は、フランス語圏、スペイン語圏、ポルトガル語圏、オランダ語圏、ドイツ語圏、そして日本語圏の6言語圏でした。これらの言語圏には共通点があります。各言語が公用語とされている国々は、かつて列強や強国として、多くの植民地を持っていたことです。また、日本語以外の共通点としては、すべてインド・ヨーロッパ語族の言語である、ということが挙げられます。なぜなら、かつての世界秩序において帝国として植民地を支配したのは、日本や中国などの例外を除けば、ヨーロッパの国々だったからです。

上記の背景は、例えば国際連合の公用語にも表れています。国連の公用語は、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語、中国語、アラビア語の6つです。英語はイギリスとアメリカ、フランス語はフランス、ロシア語はロシア(ソ連)、スペイン語はスペインというヨーロッパの強国の言語です。中国語もまた、かつて巨大な帝国を築き、最終的に第二次世界大戦の戦勝国となった国の言語です。ドイツと日本は第二次世界大戦の敗戦国となったため、大戦後の秩序の柱である国連安保理常任理事国から排除され、そして両国の公用語であるドイツ語と日本語は、国際的に重要な言語でありながら、国連公用語とはなっていません。このような視点でみると、独特の存在感を放っているのはアラビア語です。アラビア語は主に中東で話されている言語ですが、中東地域の大部分は第二次世界大戦当時、ヨーロッパ列強の植民地とされていました。つまり、アラビア語は戦勝国の言語ではなく、どちらかといえば旧植民地の言語ですが、話者数が多く世界的に重要な意義を持っており、国連公用語のなかでは唯一「国連発足の後に追加された言語」であることが有名です。本日は、そんな独特のステータスを持つアラビア語を中心とするアラビア語圏について、書いてみたいと思います。

まずはアラビア語の言語系統について書いてみましょう。アラビア語は、アフロ・アジア語族のセム語派という系統に分類される言語です。英語、フランス語、ロシア語、スペイン語などはすべてインド・ヨーロッパ語族に分類されているので、アラビア語は「語族」レベルでこれらの言語と区別されています。つまり、ヨーロッパの諸言語とは系統を異にしています。アフロ・アジア語族は「アジア」という名前がついているものの、アラビア半島(中東)と北アフリカで話されている言語群です。アフロ・アジア語族セム語派にはアラビア語の他に、ヘブライ語やアッカド語、アラム語などの言語も含まれています。ヘブライ語は古代パレスチナに住んでいたユダヤ人の言語であり、現在パレスチナに存在するイスラエルの公用語となっていることで有名ですね。ヘブライ語はユダヤ人の離散により一度は口語として消滅しましたが、20世紀に復活し、現在ではイスラエルを中心に900万人もの人々に話されています。アッカド語は古代メソポタミア文明の言語であり、楔形文字という文字で記され、かつては国際共通語としても使われていましたが、現在では死語となっています。アラム語もまた、メソポタミア周辺で話される言語であり、かつてアッシリア帝国の公用語とされていました。アラム語はイエス・キリストが話していた言語だとされており、宗教的にも非常に重要な意義のある言語とされています。

アラビア語は独特のアラビア文字で書かれます。アラビア文字はペルシア文字などと近い関係にある文字で、実はラテン文字(ローマ字)と漢字に次いで、世界で3番目に使用者が多い言語だとされています。

アラビア語は同じアフロ・アジア語族セム語派の言語であるヘブライ語やアラム語などと比較しても、圧倒的に話者数が多く、世界的な影響力の強い言語だと言えます。現在アラビア語を公用語として国は、アラブ首長国連邦、イエメン共和国、イラク共和国、オマーン国、カタール国、クウェート国、サウジアラビア王国、シリア・アラブ共和国、バーレーン王国 、パレスチナ自治区、ヨルダン・ハシミテ王国、レバノン共和国、アルジェリア民主人民共和国、エジプト・アラブ共和国、エリトリア国、コモロ連合、ジブチ共和国、スーダン共和国、ソマリア、チャド共和国、チュニジア共和国、モーリタニア・イスラム共和国、モロッコ王国、リビア共和国の24ヶ国があります。さらに、かつてはイスラエルもアラビア語をヘブライ語と並ぶ公用語としていました。これはもちろん、イスラエルにはもともとアラビア語を話すアラビア人が居住していたためです。しかし、現在ではアラビア語は公用語より地位の低い国語に格下げされています。また、EU(ヨーロッパ連合)加盟国で、イタリアの南部に浮かぶ島国であるマルタでは、アラビア語の変種であるマルタ語が公用語とされています。マルタ語はイタリア語などのロマンス諸語からの借用語が多いとされていますが、基本的にはアラビア語の1種と考えられています。

上記の記述をまとめると、アラビア語はアラビア半島のみならず、北アフリカ全域やヨーロッパの島国においても話されており、かなり広大な言語圏を形成していることがわかります。アラビア語はかなり広い地域で話されているため、さまざまな方言や地域差があることで有名です。アラビア語の標準語は「フスハー(標準アラビア語)」と呼ばれており、イスラーム教関係者やマスコミなどのあいだで一般的に使われる言葉であり、「NHKの日本語」や「BBCの英語」のような存在と言えます。一方、アラビア語圏の各地方で話されている方言を「アーンミーヤ」と呼びます。アラビア語は話される国や地域により、アルジェリア方言、湾岸方言、エジプト方言などさまざまな方言が存在しています。そして、これらのアーンミーヤとフスハーはかなり異なっています。その違いはラテン語とロマンス諸語(フランス語やイタリア語など)に例えられるほど大きなものであり、別の言語とも言えるほどの違いだといえます。

アラビア語がこれほどまでに広い地域で話され、強大な言語圏を形成している背景には、イスラーム教という宗教の存在があります。イスラーム教はユダヤ教やキリスト教と並ぶアブラハムの宗教の1つですが、その経典は唯一神アッラーフ(アラー、アッラー)に預言者として任命されたムハンマドを通じて伝えられた言葉である「クルアーン」です。クルアーンは古典アラビア語で記述されており、経典としてではなく、文学作品としても完成度の高い書物だと言われています。クルアーンは「アラビア語で伝えられた」という事実そのものが重要だとされており、アラビア語で読むことが重視されています。

アラビア語は広大な言語圏を形成しており、国連公用語となるなど国際的にも重要な言語であることから、実は日本でも広く学ばれている言語の1つです。現東京都知事の小池百合子氏は、エジプトのカイロ大学で学んだ経歴があり、かつてアラビア語の通訳としても働いていたようです。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。