言語圏について⑦中国語圏

これまで、フランス語圏、スペイン語圏、ポルトガル語圏、ロシア語圏、ドイツ語圏、日本語圏、アラビア語圏と、さまざまな言語圏をテーマとして取り上げてきました。巨大な言語圏を形成している言語にはヨーロッパの言語が多いのですが、その理由はアラビア語の記事で述べた通りです。とりあえず、これで6つの国連公用語のうち、フランス語、スペイン語、ロシア語、アラビア語の4か国語を扱ったことになります。英語については、世に情報が溢れている状態なので、あえてこのブログで扱う必要はないかと考えています。そうすると、残る国連公用語は中国語となります。本日は、世界に巨大なネットワークを作る中国語圏について書いてみたいと思います。

まずは中国語の概要について書いておきましょう。中国語はシナ・チベット語族シナ語派に分類される言語です。シナ・チベット語族には他にチベット語やミャンマーのビルマ語が含まれますが、チベット語とビルマ語はチベット・ビルマ語派という別のグループを形成していることから、中国語とは比較的遠い関係にあると言えるでしょう。

すでによく知られていることですが、中国語は世界最大の話者数を持つ言語です。中国語の母語話者は約12億人、そして第二言語として話す人は約2億人と言われており、話者数は圧倒的です。国際共通語だと思われている英語の母語話者は約53000万人で、中国語母語話者の半数以下です。中国語は世界最大の人口を擁する中華人民共和国の公用語となっているだけでなく、中華民国(台湾)、シンガポールなどに加え、世界中に広がる華僑のあいだで話される言語となっています。ただ、英語は母語話者以外の話者が多く、世界中で学ばれているのに対し、中国語の話者はほとんど中国人や華僑などの中華系の人々であることが特徴です。中国語は将来的に英語にとって代わる言語だという予想をする人もいますが、中国語がそれほど広く学ばれていないことを考えると、しばらく英語の時代は続くと考えても良いでしょう。

さて、中国語の話者数について考えるとき、1点注意すべきことがあります。それは、中国語が元来非常に広大な地域で話されているために、多くの方言やバリエーションが存在しているということです。中華人民共和国の地域を見ると、北京ではいわゆる普通話(標準語)が話されているのに対し、上海では上海語、香港では広東語が話されているなど、地域によって主流な方言が異なります。中国語を代表する表現である普通話と上海語、広東語などのあいだには非常に大きな差があり、お互いが普通話を知らない限り意思疎通を図るのは難しくなります。普通話は、中華人民共和国や中華民国のオフィシャルな言語であり、北京周辺の方言をもとに作られたものとされています。普通話は中国の多くの地域で話されており、話者数は約84000万人となっています。中国語の各方言を独立した言語と考えた場合、普通話の話者数は中国語の話者数の半分強ということになります。しかし、それでも84000万人という話者数は英語の話者数を大きく上回っており、世界最大の話者数を誇る言語の地位が揺らぐわけではありません。

中国語圏の国々を改めて見ておきましょう。まず、中国語を公用語とする国のうちもっとも大きいのは、当然ながら中華人民共和国です。中華人民共和国は、上記の通り世界最大の人口(13億人以上)を有しています。また、近年では世界第2位の経済大国として発展しており、経済的な成功も中国語の国際的な地位を高める一因となっていることがわかります。上述の通り、中華人民共和国は広大であり、中国語普通話以外にも上海語や広東語をはじめとするさまざまな方言が話されています。さらに、中華人民共和国にはチベット自治区、ウイグル自治区、内モンゴル自治区など他民族を主体とする地域も存在しています。自治区により状況は異なりますが、チベット人はチベット語を、ウイグル人はウイグル語を、モンゴル人はモンゴル語を話すため、純粋な中国語圏と呼ぶのは難しいかもしれません。中華人民共和国と対立し、日本と親密な関係を持つ中華民国(台湾)もまた、中国語を公用語とする国の1つです。中華民国では、普通話を「国語」と呼び公用語としています。台湾では元来中国語の方言である台湾語が話されていますが、中華民国が国共内戦に敗れて中国大陸から台湾に移動すると、普通話の影響力が強くなりました。中華民国では現在でも国語が唯一の公用語となっていますが、人々のあいだでは台湾語や客家語といった中国語の別方言も広く話される状況になっています。英語のイメージの強いシンガポールもまた、中国語を公用語の1つとする国です。シンガポールには、英語、中国語、マレー語、タミル語という4つの公用語が存在します。シンガポールでは中国語の存在感が非常に高まってきていると言われています。

中国語を記す文字として使われているのは、当然ながら漢字です。しかし、現在漢字には大きく分けて2つの系統が存在しています。中華人民共和国では、1950年代に漢字を簡素化する作業を行い、現在ではこれによって誕生した簡体字がオフィシャルな文字として知られています。これは日本で使われている漢字とはかなり異なっているので、日本人にとっては慣れるまで違和感を覚える文字です。一方、中華民国や香港では、旧来の漢字である繁体字を使っています。繁体字は日本で用いられている漢字と共通する部分が多いため、日本人にとっても読みやすい文字です。

漢字は中国語のみならず、日本語、朝鮮語、ベトナム語においても歴史的に用いられてきた文字です。現在朝鮮語はほとんど漢字を使わなくなり、ベトナム語はほぼ完全に漢字を廃止しました。日本語では漢字は用いられ続けていますね。日本や朝鮮には古来文字が存在しなかったため、中国語の文物から文字を輸入し、使わざるを得ませんでした。しかしその後、日本語は漢字からかなを派生させ、朝鮮語は独自の文字であるハングルを生み出すことによって、漢字以外の文字で表記することが可能になりました。しかし、それでも日本語や朝鮮語には漢字ともに渡ってきた中国語由来の語彙が多く、これらを漢字で表記することが続いてきたのです。ここで注意すべきなのは、「文字が同じ=言語系統も同じ」ではないということです。日本語や朝鮮語は中国語の強い影響を受けており、語彙には共通点も多いものの、文法的には語順からしてまったく異なっています。文法的にも音声的にも、日本語や朝鮮語は中国語化することはなく、独自性を保ったまま現在に至っているのです。朝鮮語は戦後にハングルによる表記の強化を推し進め、最終的に漢字はほとんど用いられなくなりました。ここには外来の文字を廃し自国の文字を優先するというナショナリズムが現れています。

かつて中国語の古文である漢文は東アジア全体で共通の文語として用いられていましたが、現在では漢字を使うのは中国語圏と日本語圏のみとなっています。朝鮮半島やベトナムで漢文が用いられなくなったことを考えると、ある意味中国語圏は一度縮小したと言えるのかもしれません。しかし、中華人民共和国と台湾の経済的成功やシンガポールなどの新しい国の台頭によって、中国語圏は再び勢力を増しつつあるのです。今後、中国語圏がどのような動きを見せるのか注目したいところです。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。