言語について⑪謎の言語バスク語

こちらのブログでは、これまでさまざまな言語をテーマとしてきました。そのなかでもヨーロッパの言語の占めるウェイトが高かったと思います。なるべく世界の言語を均等に扱うのが理想ではありますが、自身の関心や知識にはどうしても偏りがあるため、ヨーロッパの言語が中心になってしまったのでした。さて、ヨーロッパの言語のうち、これまで扱ってきたのは、イタリック語派(ロマンス諸語)、ゲルマン語派、スラヴ語派、バルト語派といった、インド・ヨーロッパ語族の言語が多かったですね。それは当然のことで、ヨーロッパの言語のほとんどがインド・ヨーロッパ語族に含まれるためです。また、ウラル語族についてもすでに扱いました。ウラル語族にはフィンランド語やエストニア語、ハンガリー語などが含まれています。
ヨーロッパの言語のほとんどが上記のように共通の系統に含まれるのに対し、東アジアの言語はそうではなく、「孤立した言語」とされることが多いです。日本語や朝鮮語、アイヌ語などはそれぞれ類似性が薄く、孤立した言語とされています。一方、ヨーロッパにもこのような孤立した言語、あるいは系統不明とされている言語が存在します。その言語とは、バスク語です。バスク語はヨーロッパの主要国で話される言語でありながら、「謎の言語」という扱いを受けてきました。本日はそんな謎の言語について書いていきたいと思います。
バスク語は、スペインとフランスの北部にまたがるピレネー山脈付近のバスク地方に住むバスク人によって話されている言語です。上記の通り、バスク語はインド・ヨーロッパ語族にもウラル語族にも含まれておらず、孤立した言語だとされています。ヨーロッパではかつてインド・ヨーロッパ語族以外のさまざまな言語が話されていたとされますが、現在ではバスク語が唯一残った非インド・ヨーロッパ語族の言語となっています。バスク語の起源は、日本語と同じく明らかになっていません。日本は島国なので孤立した言語げ話されているのも理解しやすいですが、西ヨーロッパのフランス語圏やスペイン語圏に挟まれたごく小さな地域で、インド・ヨーロッパ語族とはまったく系統の異なる言語が変わらずに話され続けていることは非常に神秘的です。バスク語と系統が近いと証明された唯一の言語は、中世までバスク地方で話されていたアクイタニア語で、この言語はバスク語の祖先なのではないかとされています。
現在バスク地方はスペインとフランスに跨っているため、バスク人はスペイン語またはフランス語とバスク語のバイリンガルです。バスク語の話者は約66万人とされており、話者数はそれほど多くありませんが、バスク人の民族としての意識の拠り所になっています。
バスク語の特徴は、自動詞の主語と他動詞の目的語が同じように扱われ、他動詞の主語だけが別の扱いを受けるという性質であり、この性質によって「能格言語」と呼ばれています。この性質はチベット語などにも見られる珍しいものです。一方、バスク語の語彙にはスペイン語やラテン語などロマンス系のものも多いと言われています。
スペインやフランスは歴史的にバスク語の動きを抑制しようとしてきたとされています。独裁的なフランコ政権下のスペインでは、バスク語の使用が禁じられていました。かつてバスク地方では、バスク人がスペインとフランスからの独立を求めて武装闘争を繰り返し、バスク紛争が行われていました。テロ組織であるバスク祖国と自由(ETA)が政府と衝突し、多くの死者が出たとされています。バスク紛争は1959年から2011年まで続き、ETAの武装解除によってようやく終結しました。現在では、バスク語はスペインのバスク州でスペイン語と並ぶ公用語とされており、ナバラ州でも一部で公用語とされています。
上記のように、バスク語が話されるバスク地方は現在では完全にスペイン・フランスの1地方として安定しつつあります。中心的な地位を占めるスペインのバスク州(自治州)3県に加え、ナバラ州の4領域、そしてフランスのフランス領バスクの計7領域がバスク地方だとされています。バスク地方の共通の旗として「イクリニャ」と呼ばれる赤地に斜めの緑十字と白い十字を配したものが制定されています。この旗はバスク州の州旗にもなっています。バスク地方最大の都市は、バスク州ビスカヤ県のビルバオ(バスク語名:ビルボ)で、人口は約35万人となっています。ビルバオは都市圏人口では100万人を超える大都市となっています。ビルバオではバスク語とスペイン語の2言語で教育が行われており、バスク大学では約半数の講義をバスク語で受けることができます。
上記のように、スペインとフランスの両国内で少しずつ市民権を得つつあるバスク語ですが、その地位はいまだに不安定なものであると言って良いでしょう。ヨーロッパの多くの地域で少数話者言語が法的に手厚い保護や補償を受けているのに対し、スペインのバスク州でさえバスク語はあくまでスペイン語と対等な公用語となっているのみです。また、フランス領バスクでは、そもそもバスク語は地域の公用語とさえなっていません。
このような状況は、スペインとフランスの国家主義的な政策によりもたらされたものです。スペインは歴史的に多様性のあるさまざまな地域から構成されていますが、いわゆるスペイン語の発祥であるカスティーリャがイニシアティブを握ってきました。近年話題となっているカタルーニャは、カタルーニャという独自の言語やカタルーニャ人というアイデンティティを持っているため、カスティーリャ中心のスペインからの独立を主張してきましたが、スペインはこれを抑圧し続けてきました。バスクもカタルーニャに近い状況にあり、スペインはある程度の自治を認めながらも、独立は断固として認めない姿勢を取っています。一方フランスは、スペイン以上に同化政策が激しい国として有名です。フランスは自由や平等を標榜する国ですが、実際にはフランス語を唯一の言語とし、その範囲内でのみ自由や平等が認められるのです。フランス南部では、歴史的にオック語という言語が話されていましたが、この地域でもフランス語のしようが強要され、フランス語化が進んできた背景があります。
上記のように、スペインとフランスは独立派に対しては歴史的に強硬姿勢を取り続けており、バスクの独立は難しくなっています。しかし、スペインとフランスの加盟するEU(ヨーロッパ連合)では、「ヨーロッパ地方言語・少数言語憲章」という条約が締結され、バスク語のような地方言語の保護を強化することが推奨されています。フランスはこの条約を批准していませんが、スペインは批准しています。バスクが国家として独立することは現実的ではなくなってきましたが、それでもEUの多文化主義のもと、バスク語の地位の保障は強化されつつあると言えるかもしれません。国家としての独立によらない言語や民族の尊重が、多文化の平等性を標榜するEUのもとでどのように実現されるのか、今後も注目していく必要があるでしょう。

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。