教育について⑧旧官立大学について

これまでこちらのブログでは、高等教育に関するさまざまなテーマを取り扱ってきました。といっても私は教育の専門家ではないため、政策の是非等を問うのではなく、「自分自身が学ぶとしたら」という教育を受ける側の前提に立って、いろいろと書いてきたつもりです。さて、これまでの記事では、旧帝国大学や早慶といった一般でいう難関校、社会的にはエリート養成校として知られる大学の歴史を書いてきました。旧帝大や早慶は難関大学のなかでも別格だという声がありますが、傾向として、日本では首都圏で私大の地位が高く、それ以外の地方では国公立の地位が高い、と言われることが多いです。確かに、MARCHや関関同立といった有名私大は東京と関西に集中しており、地方にこのクラスの私大は存在しません。今回は、旧帝大以外の国立大学について、解説していきたいと思います。

日本を代表する国立大学といえば、すでに以前の記事で取り上げましたが、東大京大を中心とする旧帝国大学です。旧帝大は、国立大学のなかで、国からも社会からも別格の扱いを受けています。難易度や知名度のみならず、国からの予算においても優遇されているのです。日本には大学院大学を含め86校の国立大学が存在しており、そのヒエラルキーでトップの地位を占めるのが、旧帝国大学と言えるでしょう。旧帝大は戦前から「帝国大学」という看板を掲げており、もともとエリートを養成する機関だったわけですが、その役割は変わっていません。

戦後、実質的なアメリカによる占領を受けた日本では、従来の高等教育システムを変革する必要に迫られました。端的に言えば、大学を増やして知識階級を増加させる必要があったのです。当然、旧帝国大学のみではキャパシティが足りず、国立大学を量産することになりました。学制改革と呼ばれるこのような流れにより、1949年に全国の県に大量の国立大学が開設されました。「県名+大学」のような名称の大学は、この時期に開設されたものです。こういった国立大学は、当初「駅弁大学」と揶揄されました。多くがその駅で駅弁を売っているような規模の都市に所在しており、駅弁のように量産された国立大学、という皮肉を込めたものだったのでしょう。しかし、その後いわゆる駅弁大学の学力も上昇してきたため、現在では「駅弁」にそれほどネガティブな意味はないように思われます。

国立大学には、旧帝大にも駅弁大にも属しない学校が存在しています。それが本日のテーマである「旧官立大学」です。結論から言えば、旧官立大学は旧帝大に次ぐ歴史を有し、時には難易度で旧帝大を上回ることもあるような名門国立大学のことを指します。官立とは、行政機関、つまり国によって設置されているという程度の意味です。帝国大学がエリート養成機関であり、人文科学、社会科学、自然科学など広い分野の学部を持っていたのに対し、官立大学は商業、工業、医学、教育など実学的な専門性を持つ教育機関でした。実は官立大学のなかには、後に帝国大学に昇格となったものも存在するのですが、ここでは終戦まで官立大学として存続した大学のみを取り上げたいと思います。

まず、官立大学のうち「商科大学」としてビジネスエリートを輩出してきた学校を取り上げます。官立の商科大学には、東京商科大学と神戸商業大学が存在しました。東京商科大は一橋大学に、そして神戸商業大は神戸大学になっています。一橋は現在、東大に準ずる難関校として、地方の旧帝大よりも高い位置付けとなっていますが、旧官立大の1つなのです。神戸大学もまた、関西では京大と阪大という旧帝大に次ぐ3番手の大学として圧倒的な存在感を誇ります。旧帝大に一橋大、神戸大、そして後に紹介する東工大を加えた「旧帝一工神」という言葉が、受験業界ではよく使われます。また、旧官立商科大学に公立の商科大学だった大阪商科大学(現大阪市立大学)を加え、「旧三商大」と呼ぶこともあります。

次に、技術系エリートを輩出していた「工科大学」を扱います。工科大学には、旅順工科大学と東京工業大学の2校が存在していました。しかし、日本は敗戦により租借地の旅順を失ったため、旅順工科大は廃校となってしまいました。一方、東京工業大学は現在まで存在し、日本を代表する名門校の1つとなっています。東工大は一橋と同じく、旧帝大を凌ぐ難易度の大学であり、文系の一橋、理系の東工大という名門校としてのイメージを確固たるものとしています。なお、大阪工業大学という官立大も存在しましたが、こちらは大阪帝国大学として格上げされています。

官立の「医科大学」もまた、名門校として現在まで強い影響力を持っています。官立医科大学には、新潟大学、岡山大学、千葉大学、金沢大学、長崎大学、熊本大学が存在し、現在では「旧六医大」として名門医学部の代名詞的存在となっています。最近、医学部の入学志願者が急増しつつあることは有名ですが、その医学部のなかでも旧六医大は別格の存在となっています。

官立大学のなかでも特色ある専門性を持っていたのが「文理大学」です。文理大学は教育を中心とし、哲学・史学・文学などの人文科学、数学・化学・生物などの自然科学のさまざまな学科を持っていました。もともとは教員養成機関である高等師範学校を改組して成立した大学だったため、「教育の総本山」という地位を保持していました。文理大学には、東京文理科大学と広島文理科大学の2校が存在していました。東京文理科大学は戦後に東京教育大学となりました。東京教育大学は、文学部、理学部、教育学部、農学部、体育学部を有し、教育のみならずさまざまな分野で評価される名門総合大学でしたが、茨城県筑波市への移転に伴い「筑波大学」に改称しました。筑波大学は地方の旧帝大と同等の難易度を誇り、研究や教育でもかなり高く評価されている大学の1つです。それもそのはず。もともと茨城ローカルの大学ではなく、東京都心に所在した名門旧官立大が母体となっているのです。一方、広島文理大学は国立「広島大学」となりました。広島大学は中国・四国地方の最難関大学であり、旧帝大に準ずる評価を受ける大学です。中国・四国地方には旧帝大が創設されず、そのまま終戦となってしまったため、広島大学は「幻の旧帝大」とも呼ばれているようです。

本日は、旧帝国大学に次ぐ地位を有し、時には旧帝大を凌ぐ難易度を誇る旧官立大学について書いてみました。旧帝大が当初から総合大学としての性格を持ち、官界のエリート養成を目的としていたのに対し、旧官立大は実業家、技術者、医師、教師など、実学の専門家の輩出を目的としていた点は興味深いです。その結果として、現在でも旧官立大を母体とする大学にはそれぞれ看板となる学部が存在しています。本日旧官立大学として挙げた大学を現在の大学名で並べると、一橋大学、神戸大学、東京工業大学、新潟大学、岡山大学、千葉大学、金沢大学、長崎大学、熊本大学、筑波大学、広島大学の11校ということになります。これらの11校は、旧帝国大学7校と合わせて名門国立大学に数えられています。特に、一橋大学、東京工業大学、神戸大学、筑波大学、広島大学の5校は旧官立大のなかでも現在総合大学として高い評価を得ています。大学について考えるときはその沿革に着目することが重要ですが、旧官立もその起源によってかなり多様性があるのです。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。