言語圏について ⑧ギリシア語圏

ブログでは、これまでさまざまな「言語圏」について書いてきました。もうそろそろ言語圏に関してはネタも尽きつつあるかな、という感じがしないでもないのですが、世界にはまだまだ多くの言語圏が存在しており、ネタ切れが起こるとしたらそれはひとえにこちらの知識不足によるものと言えましょう。前回はアジアを中心とする言語圏として「中国語圏」を扱いました。中国語圏は経済的にも未曾有の発展を遂げ、世界でも乗りに乗っている言語圏の1つだと言うことができます。言語の影響力について考えるとき、私たちはどうしても現在の状況にのみ着目してしまいがちですね。しかし、言語圏の拡大や発展は、その言語が辿ってきた歴史の帰結でもあります。というわけで、本日は少し視点を変えて、過去に圧倒的な影響力を誇ってきた言語圏が、現在どのようになっているのか、ということを考えてみたいと思います。そこで例として出したいのが、ギリシア語を話す地域「ギリシア語圏」です。

まずはギリシア語について簡単に解説しておきましょう。といっても、以前ギリシア語とラテン語についての記事を掲載しているので、おさらいという形になります。ギリシア語は、言語学的な分類ではインド・ヨーロッパ語族ヘレニック語派(ギリシア語派)に属する言語です。インド・ヨーロッパ語族のなかでも、フランス語やイタリア語が含まれるイタリック語派、英語やドイツ語が含まれるゲルマン語派とは異なる分類群に属していることになります。ギリシア語は、主にギリシア文字と呼ばれる独自の文字で綴られます。ギリシア文字はラテン文字(ローマ字)やキリル文字のもとになった文字です。現在話されているギリシア語は「現代ギリシア語」、古代に話されていたギリシア語は「古代ギリシア語」と呼ばれていますが、系統としては同じ言語になります。

というのがギリシア語の概要ですが、ギリシア語を語るときに重要なのはその歴史でしょう。ギリシア語は現在世界でももっとも権威的な言語の1つとして知られていますが、そうなった背景にはやはり歴史があるのです。ギリシア語は、紀元前に存在した古代ギリシアの古代ギリシア人が話す言語でした。古代ギリシアにはアテナイ、スパルタ、テーバイなどの「ポリス」と呼ばれる都市国家がいくつも存在し、競争を繰り広げていました。やがてそれぞれのポリスは衰退し、北方のマケドニア王国に制服されていきます。マケドニアもまた、ギリシア系の国家であり、ギリシア語の1方言を話していました。マケドニアは領土を拡張していき、現在のトルコやイラン、北アフリカなどに至る広大な版図を築きました。

マケドニアは紀元前2世紀ごろに西から攻めてきたローマに征服され、ローマの一部となってしまいます。しかし、ローマでもギリシア文化の先進性は認められており、多くのローマ人がギリシア語を学びました。このとき、ローマ人の話すラテン語にはギリシア語から大量の語彙が流入しました。ローマはローマ帝国として地中海周辺のほとんどの領土を統治し、強大な国家となりましたが、テオドシウス1世の没後の395年、ローマ帝国は西ローマ帝国と東ローマ帝国に分裂してしまいました。

イタリア半島を中心とする西ローマ帝国は、ギリシア語の影響も薄く、ラテン語を公用語とし、カトリックを中心とする国家でした。しかし西ローマ帝国は476年にゲルマン人の制服を受けて滅亡してしまいます。一方、コンスタンティノポリス(現在のイスタンブール)を首都とし、かつてのギリシアやマケドニアを領土とする東ローマ帝国(ビザンツ帝国)は、ラテン語とともにギリシア語を公用語とし、正教を国教とする国家でした。東ローマ帝国は自らを「ローマ人」としていましたが、実際にはギリシア語が広く使われていたようです。東ローマ帝国はオスマン帝国の制服を受ける1453年まで、実に10世紀以上も存続し続け、現在のギリシアやトルコを中心に広い地域を統治しました。

マケドニアや東ローマ帝国の公用語として通用したギリシア語は、これらの国々が統治した地域で広く使われる言語でした。また、上記のとおり、ギリシアはローマに征服された後でも、文化的な言語としてローマ人のあいだで広く学ばれ、ローマはギリシア化していきました。ローマの詩人ホラティウスは、「Graecia capta ferum victorem cepit(グラエキア・カプタ・フェルム・ウィクトーレム・ケーピト)」という言葉を残しています。この文は、「捕らえられたギリシアは、野蛮な勝利者を捕らえた」と訳されます。文化的先進国であったギリシアは、自らを征服した野蛮な後進国であるローマを魅了し、文化的にはローマを征服してしまった、ということを意味します。このようにして、ギリシア語からラテン語へ、文明的な語彙が次々と輸入されていったのです。フランス語、英語、ドイツ語などのヨーロッパ語は、ラテン語から大量の語彙を借用したため、間接的にギリシア語由来の語彙を多く残しています。さらに、東ローマ帝国の国教であったキリスト教の正教は、東ヨーロッパの各地へと広まっていきました。このとき、宗教関連のギリシア語も各地へ広まっていきました。このように、ヨーロッパ各地で圧倒的な影響力を持つことになったギリシア語ですが、東ローマ帝国がオスマン帝国に征服されたあとでは、「オスマン帝国の地方の言語」というローカルな地位まで落とされてしまいました。

さて、現在ギリシア語はギリシアとキプロスという2つの国の公用語となっており、1200万人の人々に話されています。両国ともEUに加盟しているため、ギリシア語はEU公用語の1つでもあります。ギリシアは日本の3分の1程度の国で、キプロスは小さな島国ですから、ギリシア語圏は最盛期と比較するとかなり狭まったことがわかります。キプロスは南北に分断された分断国家であり、北部にはトルコ系住民が、南部にはギリシア系住民が住んでいます。さらに、トルコの首都イスタンブールのギリシア人居住区、アルバニア南部、イタリア南部、北マケドニア南部、ブルガリアの一部などにギリシア語を話す住民が住んでいるとされています。これは、かつてギリシア人が入植した地域の名残であり、ギリシア語圏が広大だった当時の面影を残しています。実は、かつてトルコには多くのギリシア語系住民が居住していました。しかし、オスマン帝国が崩壊しギリシアが国家として独立を回復したあと、トルコ在住のキリスト教正教徒住民の追放、そしてギリシア在住のイスラム教徒の追放が行われ、ギリシア人とトルコ人の居住地はそれぞれの国に限定されることになってしまいました。これもあって、現在ではトルコ在住のギリシア語話者はかなり少なくなっているのです。

本日は、ギリシア語圏というテーマで、かつてローマを凌ぐ反映を迎えたギリシア語という言語について書いてみました。現在ではギリシア語を公用語とする国はギリシアとキプロスの2ヶ国のみです。しかし、ギリシア語の権威が失われたわけではなく、英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語などのヨーロッパ諸語にはギリシア語系の語彙が多く残されています。さらに、これは以前の記事ですでに書いたことですが、欧米の学校では古代ギリシア語が広く学ばれています。現代語としてはその勢力を失ったギリシア語ですが、古代に培われた威光は今も失われることがありません。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。