言語について⑫クレオール言語

このブログでは、言語について系統、歴史、話者数などさまざまな観点から考察してきました。英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、スペイン語、ポルトガル語、日本語、中国語といった大言語から、リトアニア語、ラトビア語、アイヌ語、琉球語といった小規模な言語まで、多くの言語について書いてきたと思います。また、方言連続体や人工言語など、言語の定義そのものについても関心を向けてきました。これらの考察を通して提起される問いが、「言語とはそもそも何なのか?」、「言語と方言の違いはなにか?」といった、ごく基本的なものです。私たちは言語を使って生活しています。今まさにこの瞬間も、あなたは日本語という言語を通して、ブログの記事を読むというある種のコミュニケーションを行っています。しかし人は、言語を当然のように使いこなしているため、その定義について考えることはあまりありません。だからこそ、言語にまつわるさまざまな事柄を考察し、言語とはなにか、という根本的な問いにようやく辿りついたのです。

さて、言語とはなにか、ということを考えるうえで重要な概念の1つを本日もご紹介しようと思います。それは「クレオール言語」です。もしかしたら、この言葉を耳にしたことがない方も多いかもしれません。まずは語源を確認しましょう。「クレオール」とはフランス語の「Créole」に由来し、「植民地生まれの」という意味の形容詞です。同じく植民地を持つスペイン語では「クリオーリョCriollo」、ポルトガル語では「クリオーロCrioulo」という言葉がありますが、同じ意味となります。「クレオール言語」は、本来異なる言語を話す植民地の現地人と宗主国人が、意思疎通を図るために互いの言語を混淆させる過程で自然にできた言語を、彼らの子供たちの世代までも話すようになったものです。

上記の通りクレオール言語は、植民地と密接な関係にあります。これまで他の記事で扱ってきた言語圏は植民地経営によって拡大してきたため、クレオール言語とも関連性があると言えます。すでに書いた通りクレオール言語は、宗主国人と現地人の言葉が混ざり、子の代まで使用され続けたものを指します。一方、単に言語が混淆しただけのものは「ピジン言語」と呼びます。イメージとしては、日本語と英語のピジン言語である「ルー語」を、その子供たちが話したとき、クレオール言語と認定することができるでしょう。

クレオール言語は植民地と密接な関係にあるため、英語圏、フランス語圏、スペイン語圏、ポルトガル語圏などに多く存在しています。具体例を見ておきましょう。話者人口の多いクレオール言語として挙げられるのが、ハイチで話されているハイチ語です。ハイチ語はなんと約1000万人の話者数を有する大きな言語です。カリブ海の西インド諸島にあるハイチは、かつてフランスの植民地となっていました。ハイチ語は宗主国の言語であるフランス語が、奴隷とされていたアフリカ系のさまざまな言語の影響を受けて形成されたものです。ハイチ語はフランス語とともにハイチの公用語とされています。

同じくフランス語がベースとなっているクレオール言語としては、アメリカ合衆国ルイジアナ州のルイジアナ・クレオール語があります。ルイジアナはかつてフランスの植民地であいあり、フランス由来の法律やケイジャン料理といった独自の文化を有していることで、アメリカでも特殊な州として知られています。ルイジアナではケイジャン・フランス語と呼ばれるフランス語の変種も話されていますが、こちらは文法的に完全なフランス語であり、クレオールであるルイジアナ・クレオール語とは区別されます。他にもフランスの旧植民地であるモーリシャス、セーシェル、レユニオン島などでクレオール言語が話されています。

かつて広大な植民地帝国を築いたポルトガル系のクレオール言語も数多く存在します。カーボベルデやギニアビサウといったポルトガルの旧植民地では、クレオール語が公用語とされています。さらに、サントメ・プリンシペや赤道ギニアでも、ポルトガル語系のクレオール言語が話されているようです。

英語をベースとするクレオール語も、当然ながら数多く存在します。有名なのはジャマイカのクレオール語でしょう。イギリスの旧植民地であるジャマイカでは、多くの人々がこのクレオール語を話し、この言語は「パトワ」とも呼ばれています。

アジアにもクレオール語は存在しています。90年代までポルトガルの植民地だったマカオでは、広東語とポルトガル語が公用語とされているものの、「マカオ語」と呼ばれるクレオール言語も話されているようです。マカオ語はマレー語、広東語、ポルトガル語、シンハラ語などの影響を受けたクレオール言語であり、マカオ人の共通語として用いられていたようです。マカオでは現在、ポルトガル語話者も非常に少なくなっており、広東語が広く使われるようになりました。マカオ語の話者は、現在では50人以下とかなり少なくなってしまったようです。

実は日本の領土内にもクレオール言語として知られる言語は存在します。それは、小笠原諸島の「小笠原語」です。小笠原諸島には日本の領土となる前、欧米系島民と呼ばれる欧米人やポリネシア人、ミクロネシア人などが暮らしていました。その後、小笠原は日本の領土として確定し、主として八丈島などから日本人が移住しました。そこで言語の問題が発生し、欧米系島民の言語である英語と、日本人の日本語の接触が起こり、両者が混淆することで、小笠原語と呼ばれる独特のクレオール言語ができあがったのです。現在では小笠原語で話す人はほとんどいないと考えられ、小笠原諸島では標準的な日本語を使う人が多くなっています。小笠原語は上述の通り、日本語と英語をベースとする言語ですが、日本語のなかでも特に八丈弁の影響が強いとされています。八丈弁は日本語の方言のなかでも独特の語彙を持ち、ユネスコは「八丈語」という言語として認定しているほどに他の日本語方言とは大きな差があります。

本日は、クレオール言語という言語学的な概念をテーマとしてみました。クレオール言語は正書法や文法が確定していないため、地位的に不安定な状態に置かれていることが多く、マカオ語や小笠原語のように、消滅の危機に瀕しているものが多く存在しています。一方、ハイチ語のように正書法を確定させ、旧宗主国の言語と同等の地位にまで高められたクレオール言語も存在することはとても興味深いです。ここにはナショナリズムやアイデンティティの問題があり、これは言語というよりは政治的な問題でもあると言えるでしょう。

以前日本語の系統や起源について、このブログでも取り上げました。一部の学者は日本語がクレオール言語から成立したのではないかという説を提唱している人もいます。この説によれば、日本語はマレー語やインドネシア語、台湾諸語と同じオーストロネシア語族の言語と、ユーラシア大陸の言語が混淆して成立した、ということになります。日本は遺伝的形質においては単一民族国家とは言い難く、かつて縄文人と弥生人が混ざり合って日本人となったことからも、この説は日本のイメージと合致する部分はあります。ただ、日本語の系統を確定することは言語学において非常に難しい問題であり、現在にいたるまで日本語クレオール言語説を裏付ける証拠として支持されているものはありませn。

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。