教育について⑨日本の学位

こちらのブログには、教育、特に高等教育をテーマとする記事をいくつか掲載してきました。教育というテーマのなかでも、特に高等教育機関という教育のハード面を主題に選んできたと思います。やはりどのような環境で教育を行うか、という部分には多くの人々が着目しがちな部分ですし、実際非常に重要なことでもあるでしょう。大学や大学院といった教育機関は実在する機関であり、外部からの評価もさまざまな角度から行うことができます。一方、高等教育のソフト面、教育の方法やカリキュラムは、個人的には教育の専門家が論ずるべきテーマであって、素人がたやすく口を出すべきではないとも考えます。なぜなら、高等教育のシステムは多岐に渡っており、それらを網羅的に語ることは専門家以外には難しいからです。しかし、あらゆる高等教育機関に共通するシステムも存在しています。その代表的なものが「学位(英:degree)」です。この学位は大学での教育を証明するものとしてとても重要な役割を担っているのですが、巷では学位に関してさまざまな誤解が生じているようにも感じられます。そこで、本日は学位について書いていきたいと思います。

学位とは、「①一定の教育課程を履修し、かつ試験に合格して学業を修めた者、②学術上価値のある研究を修め、論文または著書を公刊した者、③学術上または教育上、功績があると認められた者」などに授与される称号のことです。大学や大学院などを卒業または修了した人々には、この学位が授与されています。しかし、学位にもさまざまな種類があり、同じ名称のものでも国や教育機関ごとに実質的な価値が違っているため、混乱が生じることも多々あります。

学位は伝統的には中世ヨーロッパの大学で教授資格として発展してきたものです。19世紀から20世紀にかけて、ドイツやフランスなどの大陸ヨーロッパ、そしてイギリスやアメリカなどの英米諸国で現在に至る学位のシステムが完成してきました。19世紀に日本が帝国大学を始めとする西洋型の大学を開設すると、学位というシステムも同時に輸入されました。

まずは日本の学位の種類について見ておきましょう。もっとも一般的な学位として知られているのが、大学の学部課程の卒業者に授与される「学士(英:Bachelor)」です。学位を取得すると「学位記」が授与され、学位記には取得した学位の種類などが記載されています。この際、「学士(専攻分野)」のように、()内に専攻分野が記載される決まりになっています。学士の場合、「学士(文学)」、「学士(法学)、「学士(医学)」のような表記となります。学士は大学学部を卒業すればもれなく授与され、「大学全入時代」とも言われる現代では多くの人々が学士を取得しているため、学士をあえて「学位」と呼ぶことはあまりありません。なお、学士の下位にあたる学位として「短期大学士」という学位も存在します。「短期大学士」は、その名称通り短期大学を修了した人に授与される学位で「短大士」とも略されます。

学士の上位にあたる学位が、大学院修士課程または大学院博士前期課程を修了した人に授与される「修士(英:Master)」です。修士課程は通常2年間で修了となることが多いです。修士は学士と博士の中間に位置する学位であり、学士よりも研究よりの学位と見慣れています。修士はシンクタンク、製造業の研究職や、一部の国家公務員のポストで必須の資格とされています。また、博士課程進学には修士レベルの学位が必須となっています。修士の学位も学士と同様「修士(文学)」のように表記されます。

「博士(はくし・英:Doctor)」は、修士の上位にあたる最高レベルの学位です。博士の学位は①大学院博士課程(または博士後期課程)を修了するか、②博士論文を提出し、論文審査を通過することによって取得できます。前者は課程博士(甲博士)、後者は論文博士(乙博士)と呼ばれ、区別されています。大学院博士課程は通常3年制です。しかし、専攻によっては3年での取得は実質的に不可能となっており、より長期に渡って博士課程に在籍する必要が出てきます。学士・修士は所定の課程を修めれば誰でも取得できるのに対し、博士の授与基準は専門分野の慣習によって異なっている部分があります。自然科学系(理系)や社会科学系(経済学など)では、標準年限の3年での取得が比較的容易となっています。一方、人文科学系(文学、言語学、哲学など)では、3年での博士取得はほとんど一般的ではないと言って良いでしょう。これは、人文科学系では課程博士の授与が伝統的にほとんど行われていなかったことと関連しています。かつて文学部などの人文科学系学部では、研究者志望の学生は修士を修了後博士課程に進学し、博士課程に数年間所属して退学し、その後助手や講師として働きながら研究を続け、そのまま教授となるルートが一般的でした。現在でも、多くの文学部教授は博士を持っていません。この名残で、人文科学系では博士の取得が非常に難しく、修士取得から博士取得まで10年ほどかかることも一般的です。

かつて博士の学位は非常に希少であり、ごく一部のエリートしか取得できなかったため、爵位に並ぶ価値があると考えられていました。明治以降の日本には「末は博士か大臣か」という慣用句が存在しますが、これはかつて博士が大臣と並ぶ名誉と見なされていたことを意味します。しかし、近年日本では博士の取得が容易となり、博士の人口が圧倒的に増加しました。その結果として、限られた大学教員のポストに対し、多くの若手博士がエントリーすることになり、学位の需要と供給のバランスは崩壊しました。現在、分野にもよるものの、博士取得者が研究職に就くのは非常に難しくなっています。最近では、博士取得者が派遣社員などの非正規雇用やフリーター、または無職になるなど、雇用問題が深刻となってきています。

学士・修士・博士は伝統的な学位として存在しつづけてきました。これらの学位は純粋な学問や研究の成果に対し授与されるものです。しかし日本では資本主義社会の発展により、学問を実学としてアカデミックな分野以外の「実務」に活かす必要性が生じてきました。そこで、大学院にこのような学問と実務を統合した教育機関を設置し、各専門分野の実務家を養成することになりました。こうした経緯で今世紀に設立されたのが、法科大学院(ロースクール)、経営大学院(ビジネススクール)、会計大学院、教職大学院、臨床心理専門職大学院などの「専門職大学院」です。専門職大学院では、通常の大学院とは異なり「専門職学位」と呼ばれる学位が授与されることになりました。専門職学位は専門職大学院ごとに名称が異なっています。法科大学院修了者では「法務博士(専門職)」、経営大学院では「経営学修士(専門職)」、会計大学院では「会計修士(専門職)」、教職大学院では「教職修士(専門職)」、臨床心理専門職大学院では「臨床心理修士(専門職)」が授与されます。専門職学位には、一般的な学位との区別から「(専門職)」と表記されることが特徴です。専門職学位の効果ははっきり言って未知数ですが、一部の専門職学位は国家資格の取得要件になります。例えば、法務博士(専門職)は司法試験の受験資格として必須です。また、会計修士(専門職)の取得者は公認会計士試験の科目が一部免除となります。

本日は、学士・修士・博士・専門職学位という日本の学位について書いてみました。これでおおよそ日本の学位については概観できるかと思います。今後は、日本国外の学位についても取り上げていければと思います。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。