台湾原住民について①マイノリティの権利保障という側面から

このブログでは、これまで世界のさまざまな言語や民族について書いてきました。民族や言語、文化といったテーマを取り上げる際、「国家」という概念がベースとなっていることも多かったと思います。それは、現代社会においては国家と民族、国家と言語といった結び付きが、より強固なものとなってきている経緯があるためです。19世紀以降封建的な帝国主義体制が次々と解体されてゆくなかで、各「国民」がそれぞれ「国家」を持つという国民国家が一般的な国家の体制となりました。国民は民族と完全に同一の概念ではないものの、ほぼそれに等しい意味があると考えられることが多くなってきています。また、国家にはそれぞれ「公用語」がある、という考え方も、特に疑う余地もなく自明の理だと受け取られることが多いです。しかしながら、国民としての単一民族国家や唯一の公用語といった観念は、現実の民族的多様性や言語的多様性に照らしてみると、かなり不自然な理想論であることがわかります。日本は同化政策によってこの多様性の削減を一貫して目指してきましたが、それでも日本は単一民族国家にはなりませんでした。

日本の歴史を考えるうえでも非常に重要な位置にあるのが、中華民国の領土となっている台湾です。中華民国(≒国民党)は、かつて中国大陸を領土とする国家でしたが、第二次世界大戦後の中華人民共和国(≒共産党)との国共内戦に敗れると、旧日本領だった台湾島へ敗走してきます。そして、現在のように「中華民国≒台湾」という構図が出来上がりました。現在、台湾は民主主義国家となり、自由な選挙が行われています。台湾では国民党と民主進歩党がしのぎを削っており、2016年の選挙では民主進歩党が勝利を収めました。台湾は歴史的に日本との結びつきが強く、現在のリーダーである第14代中華民国総統の蔡英文も、日本との関係性を重視しています。

台湾は、17世紀以降明朝や清朝といった中国系政権の支配下にありました。そして、多くの中国人(漢民族)が台湾へと移り住んできます。1895年の日清戦争で日本が勝利すると、下関条約に基づき、台湾は大日本帝国の領土となります。これ以降、日本が敗戦し台湾が中華民国領となるまで、台湾は日本の一部でした。中国→日本→中国と政権が移り変わった台湾ですが、日本統治時代以前に移り住んできた漢民族と、それ以後に移り住んできた漢民族は出身地が異なり、言語や文化も違うと言われています。そのため、前者は「本省人」、後者が「外省人」と呼ばれています。統計では、本省人が人口の86%、外省人が12%を占めています。さらに、本省人は台湾語を話すホーロー人と客家語を話す客家人に分かれます。外省人は国民党とともに戦後に移住してきた人々であり、国語と呼ばれる標準中国語を話します。歴史的には、中華民国の政権は外省人によるものであり、台湾では少数派が多数派を統治するような状態となっていましたが、現在では民主的な国家となっているため、必ずしもそうとは言えません。

上述のように、台湾の住民は主として本省人と外省人に分かれます。しかし、これは漢民族に限った話です。実は、台湾には漢民族が入植する以前から居住していた人々がいます。彼らは「台湾原住民」または「台湾先住民」と呼ばれています。台湾原住民はさまざまな部族に細分化されており、台湾の山岳部や平地に住んでいます。台湾原住民は台湾人口の約2%を占めるとされており、総計で約50万人もの人口になります。本省人と外省人はともに漢民族に属し、彼らの言語である台湾語、客家語、国語がすべてシナ・チベット語族シナ語派に属し、いわゆる中国語の系統です。一方、台湾原住民の言語はオーストロネシア語族に含まれる言語です。オーストロネシア語族はマレー語やインドネシア語、フィリピノ語といった東南アジアの島嶼系言語を含む語族で、台湾原住民の言語はこれらに近いのです。オーストロネシア語族の言語はもともと台湾から南下して現在の東南アジアに広がったという説もあります。

上記の通り、台湾原住民にはさまざまな部族が存在します。そして、中華民国政府は16の民族を公認の民族として認めています。16民族に含まれるのは、アミ族、パイワン族、タイヤル族、タロコ族、ブヌン族、プユマ族、ルカイ族、ツォウ族、サイシャット族、タオ族、クバラン族、サオ族、サキザヤ族、セデック族、カナカナブ族、サアロア族です。このうち、最大の人口を擁する部族がアミ族で、人口は約20万人にもなります。またパイワン族やタイヤル族も10万人近い人口を有しています。日本統治時代は、台湾原住民のうち山岳部に住む人々を高砂族、平地に住む人々を平埔族に分類していました。

日本統治時代には、台湾原住民に関する研究が進歩しました。この時期の研究は欧米型のスタイルであり、人種差別的な部分も少なくなかったと言われていますが、その成果は現在の台湾にも引き継がれているとされます。大日本帝国は台湾の統治に際して、「高砂族への理解を以て統治する方針」を執るなど、少なくとも表面的には人々への理解を示していたようです。学校制度の整備など、日本への同化政策も進みつつありました。しかし、台湾原住民による抗日事件である1930年の「霧社事件」に代表されるように、当時不満も高かったことが分かります。戦前の日本においては、必ずしも原住民を「平等」に扱うことが「理解」だと考えられていたわけではありません。むしろ、原住民を日本人と同じ水準に近代化すること、すなわち同化することが彼らのためでもある、という観念が存在していたことは明白です。結果として、台湾原住民の人々は日本語を話すようになり、現在でも高齢の人々のあいだでは日本語が通用すると言われています。

中華民国の台湾統治がはじまると、今度は中華民国政府による台湾原住民の同化政策が開始されました。当初は日本と同様、原住民の人々を「漢化(中国化)」する政策が取られていたようです。しかし歴史が下るにつれて、原住民の人々の訴えに伴い、中華民国の彼らの対する態度はしだいに軟化していきました。そして、1996年には「原住民族委員会」が設置され、原住民の人々が政治的に力を持つようになりました。2005年には「原住民族基本法」が制定され、国営の原住民族テレビが開設されるなど、彼らの要求に基づく権利擁護はようやく進展しつつあります。中華民国総統の蔡英文は2016年、過去の政府による台湾原住民に対する不平等な扱いについて、初めて公式に謝罪しました。蔡英文は台湾原住民のパイワン族の血を引く人物であり、台湾原住民の人々が台湾国内で重要な地位を占めつつある、ということが分かります。

台湾原住民に関する基本法の制定や、中華民国総統による謝罪によって、マイノリティとしての台湾原住民の地位や名誉が完全に回復されるわけではありません。むしろ、これまでに侵害されてきた彼らの権利が、一部穴埋めされたにすぎないでしょう。彼らの権利をどのように「平等」な水準まで引き上げてゆくかは、今後の課題でもあると思います。しかし、かつては同化政策を行っていた中華民国(台湾)が原住民の存在を直視し、歴史を見直したという点は大いに評価されるべきです。

中華民国では2017年、同性間の結合関係(婚姻)を保障する法律が存在しないことが、司法院大法官会議(憲法裁判所)により憲法違反だと判断されました。現在はこの判決に基づく特別法の制定が準備されています。このニュースを見て、「台湾はなんて自由な国なんだ」と(良くも悪くも)思った人は多いでしょう。しかし同性婚に関する議論は、中華民国でもすんなり受け入れられたわけではありません。2018年の国民投票では、「民法改正による同性婚容認」に対しては国民の多数が反対し、結果として特別法の制定による同性婚の法整備をすることになったのです(民法の改正が否決されても、なんらかの方法により違憲状態を解消する必要は残るため)。このように、マイノリティの権利保障は当然ながら泥沼の議論となりがちなのですが、民主主義的な適正な手続きに基づいて、どうにか国民のなかで妥協点を探っていくことが重要なのでしょう。中華民国における台湾原住民や性的少数者の権利は、中華民国という国の民主主義や立憲主義の成熟度を示すものでもあると考えられます。

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武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。