言語について⑯ツングース語族

これまで、モンゴル語族やテュルク語族といったユーラシア大陸で話されている言語のグループをテーマとする記事を掲載してきました。また以前の記事では、モンゴル語族やテュルク語族を含む言語学的な仮説上のグループとして、「アルタイ語族」という概念もご紹介しました。アルタイ語族には、モンゴル語族とテュルク語族に加えて、ツングース語族も含まれると考えられています。アルタイ語族という概念はあくまで仮説であり、これを支持している言語学者は現在では少数派ですが、モンゴル語族、テュルク語族、そしてツングース語族がユーラシア大陸の広い地域で話されており、これらの言語にある程度の共通性が見られることは事実です。

モンゴル語を中心とするモンゴル語族、そしてトルコ語を中心とするテュルク語族はなんとなくイメージが湧きますが、ツングース語族についてはまったく想像もつかないという方が多いのではないでしょうか。実はツングース語族は、東アジアの歴史を考えるうえで非常に重要ななのですが……。というわけで、本日はツングース語族と、この語族に含まれるさまざまな言語について書いていきたいと思います。

ツングース語族は、シベリア、ロシア沿海地方、満州などに住むツングース系民族の人々によって話される言語です。「ツングース」は、ツングース系の言語で「人間」を意味する「Donki」が由来とされています。アイヌ語の「アイヌ」もアイヌ語で人間を意味する単語が由来となっているので、同様の経路で定着した名称だと考えることができます。ツングース語族の言語を話す人々はかつて多く存在していましたが、中国語やロシア語などへの移行が進んでしまったこともあり、現在ツングース語族の言語の話者数は、モンゴル語族やテュルク語族のそれと比較すると、かなり少数となっています。

ツングース語族の言語は膠着語に分類されます。膠着語については以前も説明しましたが、単語に「てにをは」のような助詞や語尾を付けることによって意味を形作っていく言語のことで、日本語や朝鮮語、そしてモンゴル語族やテュルク語族の言語も膠着語に分類されます。さらに、音声的にも母音調和という現象が見られ、モンゴル語族やテュルク語族と共通の特徴として知られています。

ツングース語族の言語は、上記の通りシベリア、ロシア沿海地方、満州など広範囲で話されていますが、その割に話者数は多くありません。ツングース語族には北部ツングース語群と南部ツングース語群という2つのグループが存在します。北部ツングース語群に含まれる言語には、エヴェン語、エヴェンキ語、オロチョン語、ソロン語、ネギダール語、キリ語、ウデヘ語、オロチ語があります。どれも聞きなれない名前の言語ですね。一方、南部ツングース語群に含まれる言語には、満州語、シベ語、ナナイ語、ウルチ語、ウィルタ語があります。「満州語」は耳にしたことくらいはあるかもしれません。話者数を見ると、エヴェン語が約6000人、エヴェンキ語とソロン語が合わせて約14000人、ネギダール語が約70人、満州語が約20人、シベ語が約30000人、ナナイ語が約1300人、ウルチ語が約150人、ウィルタ語が約50人となっており、全体としてかなり少ないことがわかります。数百~数千万人規模の話者数を有するモンゴル語族やテュルク語族と比較して、ツングース語族は話者の数ではかなり劣勢にあります。モンゴル語族やテュルク語族が国家の公用語とされているのに対し、ツングース語族の言語は地域のローカル言語となっていることが原因だと言えるでしょう。口述の通り、かつてツングース系民族は広大な領土を統治したこともあったのですが、現在ではその面影はすでに失われてしまっています。

日本人にとって、唯一馴染みのある言語だと言えるのが「満州語」でしょう。満州語は満州族の言語であり、彼らはかつて中国に清朝を建設し、現在の中国よりもさらに広い領土を統治していました。しかし、かつて満州語を話していた満州族は、被統治民族でありながら中国で圧倒的多数を占める漢民族の強い影響を受け、やがて中国語を話すようになります。かつての中国では、支配者の言語である満州語の習得は一部の者にしか許されておらず、中国の民衆のあいだに満州語が広まることはありませんでした。ただ、清朝の首都であった北京で話される中国語方言(北京語)には満州語の影響も残っているとされています。

「満州」と聞いて日本人が思い浮かべるのはおそらく、満州事変後に建設された「満州国」でしょう。満州国は大日本帝国の傀儡国家とも言われていますが、皇帝として「愛新覚羅溥儀」が即位していました。愛新覚羅溥儀は清朝最後の皇帝であり、「愛新覚羅」という名字は、満州語の「アイシンギョロ」という名字への当て字で、彼は満州人です。満州国の公用語は「満語」とされていましたが、これは実質的には中国語のことであり、満州語ではありません。当時満州ではすでに中国語が話されており、満州語は廃れつつあったことが伺われます。

このように、かつて中国の支配層の言語であった満州語も、時代が下るにつれて中国語に置き換えられ、現在の話者は約20人にまで減ってしまったのです。現在でも中国には1000万人を超える満州民族が住んでいるとされますが、ほぼすべての人々が中国語を話しています。しかし、ツングース語族に含まれるシベ語は、満州語の方言の一つだと考えられています。厳密には別の言語として分類することも可能ですが、前述のように考えれば、満州語の話者は現在でも30000人以上残っていると考えることができます。それでも数万人という話者数は、決して言語としての安泰を意味する数字でないことは確かでしょう。

かなり時代をさかのぼりますが、紀元前1世紀から668年まで朝鮮半島北部に存在した高句麗(こうくり)で話されていた高句麗語は、ツングース語族の言語と共通性が見られることで知られています。高句麗語の資料はかなり少なく、比較言語学的な考察を行うための十分な材料がないためにこの関係性は明らかになっていないのですが、高句麗語は日本語との共通性も指摘されているため、この謎が解ければ日本語の系統の特定も進む可能性があります。さらに、高句麗のあとに同じ地域を支配した国家である渤海では、ツングース系と関連のある渤海語が話されていたとされます。渤海についても十分な言語的資料はなく、ここにも大きな謎が残っているといえるでしょう。

ツングース語族の言語はかなり話者数が減ってきている、ということがお分かりいただけたかと思います。かつては中国大陸全土を支配した満州族の言語である満州語でさえも、風前の灯という状態です。なんとも諸行無常を感じさせる言語ですね。このように話者数が少ない言語を「少数話者言語」と呼びますが、言語は人々にとってアイデンティティの拠り所でもあるため、消滅しかかっているのを放置しておくというのはあまり好ましいことではありません。しかし、少数話者言語をどのように保護していくか、というのを考えるのは非常に困難なことです。実際のところ、その言語を話している当事者たちが本当に自分たちの言語を守りたいのか、という部分も焦点となるでしょう。さらに、具体的にどのような方法で言語を保護するのか、という問題もあります。例えばロシア連邦では、国内の少数民族に自治共和国を割り当て、各共和国で公用語を指定することによって彼らの権利保障を試みているわけですが、ツングース語族の話者のように圧倒的に話者数が少ない民族の場合、自治共和国や自治管区を形成することも難しく、他の方法を探るしかありません。しかし、実際のところこのような動きは現在見られないので、ツングース語族の話者の減少を止めることはかなり難しいでしょう。本日は具体的な言語の話からは少し逸れてしまいました。ツングース語族は、民族のアイデンティティとしての言語の保護、という問題について示唆を与えてくれるのです。

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。