音から受ける感興について

こんばんは。渡邊拓也です。

和音や音質から受ける印象は、実に様々です。そうして、それも場面や状況に応じて様々に変化していくのは、大変に面白いなぁと思います。

小さい頃は、父のパソコン(デスクトップのMac)をいじっていた頃に、警告アナウンスが爆弾のアイコンとともに「ポーンッ」と一点イ音で鳴ったものですが、あれの恐ろしさと言ったら、未だに鮮明に覚えています。単体で聴いたらそんなに「怖い」とまで感じなかったであろう効果音でしたが、爆弾のアイコンと、「パソコンそれ自体が得体の知れないものである」という何となくの意識から、「怖い」と感じる音になってしまったのだと考えられます。

小学生の頃には、近くのゲームセンターにもよく通っていたものでした。メダルで遊ぶコーナーによく居ましたが、メダルが詰まったり、なんらかのエラーが起きたときにその機械は、音名では表し切れない何とも怖い音を発していました。今思い出してみると、きっと微分音がふんだんに盛り込まれて、全体で減7の和音(基準となる音から、短3度ずつ3回重ねた時にできる和音で、大変不安定な響き)を形作っていたのでしょう。あんなに恐ろしい音、作る方も凄いなぁと思います。

そして踏切に使われている短2度音程(ピアノの鍵盤で、ミとファの音を、特定の音域で同時に一定の間隔で弾くと、踏切の音が得られます)も、そのまま使えば耳障りな、もしくは危機を察知するような音になります。ピアノの演奏で隣の鍵盤を引っ掛けてしまった時に耳障りな音がする、というのがいい例かもしれません。自戒を込めて(笑)

しかし、いわゆるメジャーセブンスの和音(いわゆる、ド、ミ、ソ、シのような和音)は、それだけ単体で鳴らしても爽やかでオシャレな響きがします。シとドは短2度音程を形成してるにもかかわらず。和音の展開転回(和音のベースになっている音を、一番上の声部になるように、オクターヴないし数オクターヴ上げる操作)を3回行った和音はシとドが文字通り隣り合わせになりますが、よっぽど悪い弾き方をしない限りは、和音のオシャレさが保たれ、転回しない時とはまた違く小洒落た感じになります。

まだ数例しか出していませんが、このように和音や重音は、その状況や使われ方によって様々に姿を変えるものです。物を作る側が繊細にその効果を感じ取ることはもちろんですが、演奏する側も、それぞれの和音や重音の特質、進行の特質を都度感じ取って弾く必要があると思います。それを感じて弾くかそうでないかで、内容の充実度が全く変わってきます。

そういった、音楽の組織のことについても、これからどんどん書いていきたいと思います。

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音楽大学、同大学大学院ヴィルトゥオーゾコースを修了。 音楽でしか表現出来ない世界に魅せられ、独学で作曲を勉強する。 大家の作品の演奏のみならず、「この世にかつてない、新しい音楽を作る」「自分の感じる世界を余すことなく表出する」という理念の元に、創作や独自の響きの研究も行っている。大学の専攻はピアノだが、ヴァイオリンも演奏する。