「コンクール」について 〜音楽する立場の、ポジティブな「コンクール」の捉え方の提案〜

お久しぶりです、渡邊拓也です。空き時間を利用してブログを書いております。

最近このブログから離れてしまって久しいですが、なるべく時間を見て書くつもりです。

Enrichに属すメンバーとして、取り上げていきたいことを順次書いてまいります。

さて、今日は「コンクール」それ自体の機能について、思うことを述べていこうと思います。

昨今、一部で「コンクールなど必要ない」とか、「競い合うという視点は、音楽それ自体にとって良くない」という意見を耳にすることがありますが、そう思う人は一定数いらっしゃること(コンクールそれ自体に必要性を感じない音楽活動ができている方、もしくはアマチュアの方など)をもちろん承知した上で、もし音楽界それ自体についてそのような見識をお持ちの方がいらっしゃれば、その意見に小石をポンと一つ、投じてみよう思います。

先に結論となる僕の意見を申し上げると、「『コンクールが音楽そのものにとって害になる』と一意的に決めつけるのは良くない」というものに行き着きます。

ただそんなことだけを書いても仕方がないので、ここから「なぜならば」にあたる部分を順を追って書いていきたいと思います。

まずは、歴史的な事実から。

以前、音楽史の全貌を見渡せる名著である、いわゆる「グラウト・パリスカ」の英語版を読んでいましたら、古代ギリシア時代の音楽についての記述が、本の冒頭部分にありました。アウロス(ダブルリードの、二本管の管楽器)やキタラー(大型のリラ。竪琴)という楽器が普及していた頃、これらの楽器の名手は、今で言う「コンクール」の参加権を与えられたという記述があったのを、明確に記憶しています。読んでいて新鮮でしたが、”competition”という単語がそこで用いられていたことも、ここに記述しておきます。

楽器が達者で、聴く人を惹きつけるような奏者の数が増えた時に、達人達が集い、上位を争う場を設けることで、その文化に関わる者の意識を高め、刺激し合っていこうとするその態度は、現在も太古も、根幹はそう変わらないのかもしれません。とにかく私は、この記述を読んで大変驚きました。現代でも自然発生的に、または文化の流れを汲んでコンクールの場が設けられている、強力な根拠の一つになるのではないでしょうか。

歴史に残っている最古に近い先述の事実から、時代は脈々と続いていき、演奏だけでなく作曲の分野でも、オーディションやコンクールの形式を取った催事が行われてきました。

「亡き王女のためのパヴァーヌ」や「ボレロ」で有名なモーリス・ラヴェル。この作曲家は若かりし頃、ルイ14世が創設した「ローマ賞」という、優勝すれば奨学金付きで留学を保証される催事に何度も挑戦しましたが、5度挑戦しても第3位より上位にはなれませんでした。

しかも、ラヴェルほどの作曲家が、5度目の挑戦時には予備審査落ちしてしまうという、有り得ないような事態も起きてしまいます。これにはどうやら、他の参加者の教授の陰謀が関わっているようですが(もしご興味があれば、少し調べてみると、面白いです)、既に「水の戯れ」や「亡き王女のためのパヴァーヌ」など傑作を生み出していたラヴェルのこの結果に疑念を抱く人は多く、ある音楽院の教授が辞任を迫られるほどの「事件」にまで発展してしまいました。その結果、逆にラヴェルの音楽が注目されるに至り、ラヴェルはその後、周知のように時代を席巻する作曲家であり続けました。

このことから考えると、本当に実力や魅力のある音楽家は、「その時一位を獲れなかった」という事実を、数年かけてでも乗り越える力がある(もちろん、周りも力になってくれる)し、ある一時の「勝った、負けた」に似た感情の次元を優に超えてくることが浮かび上がってきます。公の前にその音楽家の本質をさらけ出す「コンクール、オーディション」という場の、見落とされるべきでない一つの「役割」も浮かび上がります。

以上のことを踏まえつつ、現代のコンクールと照らし合わせて考えてみても、やはり「コンクールは無意味」という意見には、僕としては抗いたいです。そう思われる方の中には、「音楽が競争の道具として使われているようで嫌だ」という意見がありますが、時代を問わず、本当に音楽に従事している人は「道具」だとは考えませんし、コンクールに出場するにあたっても、もっと音楽に対して誠心誠意、真剣に取り組んでいます。その、真剣に向き合ってきたもの同士が集い、刺激し合い、その時たまたま一番評価の良かった者が優勝し、そうでない者も何かしらの爪跡や印象を残し、未だ世に広く知られていない新人にスポットライトが当たる…結果的にそれが、文化全体をも発展させることにも繋がっていくと思うのです。

歴史上の出来事も踏まえ、競いの場というよりも、音楽文化を盛り上げ、自分自身を磨いていく場だという、もっとポジティブな心境や姿勢でコンクールに臨んでみても、そして「コンクール」というものを捉えても良いのではないでしょうか。そのような提案を、僕個人の意見として、ここに記しておきます。

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。