クソ曲よ、さらば❹ラブソングの矛盾点(その2)

そこに愛はあるか

前記事ではラブソングには「ラブ」が出現していないと言うことを述べました。また、恋愛だと思われているものが親子関係の再回収現象であるということも述べさせていただきました。

そのため、思っていることと理論上の構造に乖離があるため、この状態で行う恋愛はうまくいきにくいし、ここから生まれるラブソングは内容がトンチンカンになると言うことです。

「クソ曲よ、さらば」シリーズにおけるクソ曲とは、言っていることが現実と乖離していて間違えているものは批判の対象です。

おかしいポイント2

ここまで理解していただけると、さらにおかしい点がお分かりになる筈です。それは、ちゃんと調べていない=つまりは真剣でないことを猛省しなくてはいけない筈なのに、ストリングスなどの西欧の楽器で美しく彩られていることです。

これは、不摂生や不勉強によって病気になったのにかわいそうアピールをすることと構造が酷似しており、やはり分裂ポジションだったんだなという感じです。※分裂ポジション自体は全く悪いものではありません。

(恋愛や繁殖など、宇宙の根底から繋がっている物質・生命現象を記述するときに西欧の楽器を選択すると構造上矛盾しているのですが、ここでは置いておきます。)

ラブソングが浅く、キモい所以

ここまで述べてきた、
❶ラブソングには「ラブ=愛」が出現していない
❷とんでもない過ちをしているのに美化している

の2点が、ラブソングが主に浅くなってしまう原因で、実際に生命現象の根底を理解しておらず浅くなり、扱っているサウンドも現代的な感覚で「美しい」とされるものですので、やはり浅いです。浅いっていうか間違っています。

また、JPOPにおいては今後記載していくのですが、1拍目でアタックを揃える縦ノリで曲が作られていることが殆どで、これをずっと行っているせいでリズムによる曲の緩急が全て死んでいます。

そのため行える技術に限りがあり、その範囲内で行える技術が少なすぎてクソ化します。

恋愛現象などをうまく理解することと音楽の構造をうまく理解することは、つまりは世界の構造がどの程度理解できているかに直接的に影響を受けます。

つまりクソ曲を生産してしまうのを停止するためにも、個人の恋愛をうまくいかせるためにも、やはり全ての学や思考、を極め、この世界を理解していく必要があると思います。