和音を音ではなく物の集合体として捉える法

一般的なJPOPの作曲では、和音は音と捉えられていますが、これだと一般的な作曲のレベルに落ち着きます。現代JPOPの「音」に関する感覚自体が、西洋の価値観やピュタゴラス音律の範囲内で捉えられておりますので、つまり実際の音を認識する感覚と、ズレが大きく、間違いです。

そのため、この感覚でやっていると上手く曲が作れません。

これを超えるためには、あくまでも音というのは物理的な現象に過ぎない、物であるという認識を持つとうまくいきます。

それは振動であるとか、光の粒であるとか、この世の物質の構成の理解から辿れるとなお良いのですが、そこまでしなくても音というのが空気の振動で、物理現象であるという理解で考えてみると、まずは良いと思います。

その観点からみると、人は振動を聴いて喜んだり悲しんだりするわけですが、この振動というものの幅が、一般社会で考えられている「音」という概念の範囲をはるかに超えており、

ドレミファソラシドで分断される音の中にも、実はいくつもの音があるわけで、

物という観点で見てみると、実はドレミファソラシドで分断できるような物ではなく、かなりのパターンがあるということがわかります。

そして、それが動く、だたそれだけのことであり、密集してぐちゃぐちゃに動いたり、離れて綺麗に動いたりを繰り替えすような作りにすると、

西洋音楽理論の和音の感覚を遥かに超えるような作りにしていくことが出来ます。

この際に、リズムが縦ノリでしか作れないと、つまらないのですが、

横ノリと縦ノリを自在に行き来するような作りにできると、

西洋音楽理論の、とくに和声の法則を全く無視した動きで、なおかつ意味不明にならない曲作りを楽しむことができます。

おそらく、曲作りで困っている人はJPOPの範囲や西洋音楽の範囲内で答えを探していると思いますが、上記したように、そこの範囲の外側には無限の広がりがありますので、飛び出すと、楽しいでしょう。

樂狂蟲

ABOUTこの記事をかいた人

武蔵野音大卒の声楽家。様々な芸能技法を武田梵声氏に師事しており、音域は8オクターブ(E-1〜E7)に及び、コロラトゥーラなども得意とする。日本とイギリスのハーフで、スペインやベネズエラの血も入っている。人類史上最高の歌手を目指して日々ストイックなトレーニングを重ねている。