僕のアスペルガー冒険記⑤大学編(前半)

概要

正直ここまではつまらないです。大学は音楽大学に行くのですが、前半は自我が芽生えていないような、非常に思考力のない時期を過ごします。「音楽家になんてなれないから、まあテキトーな仕事につければいいか」なみたいな発想を持っており、そもそも自分の人生を自分の力でコントロールする気力もない状態でした。

このように精神の発育が未発達なのは、おそらく他人の心をモデルにできず、自我の確立が他の人に比べて大きく遅れていたからだと思います。自我は勝手に確立されるわけではなく、条件が必要なわけです。また、大学や、単位とか履修とかいう概念を理解しておらず周りに合わせてなんとか生き延びていました。

幼少期のアスペルガー冒険記は結構壮絶だったのですが、やばすぎて書けなかったので、ここまでは平坦な感じとなります。

怠惰でテキトーな毎日

大学の寮に住み、家事も勉強もせず、怠惰な毎日を過ごしていました。大学に行く時点で一応怠惰ではないのですが、自分の頭で何も考えず周りに合わせてなんとなく生命を維持している感じでした。

大学のレッスンなどでも、先生の言っていることの意味が全く理解できず、喧嘩になったりしていました。平凡な子を目指して周りに合わせて生存していたものの、やはりアスペルガーは健在で、意思の疎通が絶望的に困難な状態は続きます。

しかし絶望的な毎日

また、アスペルガーはセロトニンシステム、オキシトシンシステムに障害があることが多く、これらの数値が低いいからドーパミン数値が上がり天才的な能力を発揮するようになるという説があるのですが、セロトニン出ないとか生きているだけで絶望状態が続くのと、免疫系の疾患を持っていることが多く、それを修復するグルタチオンの分泌も著しく低い状態のパターンが多く、基本的に疲れやすいのに回復しにくいため、特に何も起こっていなくても超地獄状態が続きます。

のちに色々書きますが、脳の障害というよりはそもそも体が全体的に疾患が多くて、脳の形成にも影響が出てしまっているという理解が現代では結構有力とされていると思います。

アスペとボーダーとの違い

日本ではよく「アスペ」と言われるのはボーダー(境界性人格障害)の人も含んでしまうのですが、日本は精神科の医者も一般人もアスペルガーと自閉症スペクトラムとボーダーの区別がつかないで診断していることが多く日本で言われているアスペルガーと、アメリカの診断基準で判断されるのは別物であることが多いです。

同じ診断基準を使っていても、翻訳によって意味がだいぶ違ってしまっている状態なので、通常ならばアスペとボーダーって全然違うのですが、日本語訳を見るとまあ混同してしまうのも無理はないなと思います。

英語がわかる人であれば大丈夫なはずですが、意味は状況によって生まれるので、アメリカの状況や西洋人の感覚の上に成り立っている言語感覚でないと正しい判断ができないのです。

例えば、スペクトラムという言葉の意味や、障害という言葉の意味が、アメリカの診断基準が意図している意味と、日本で使われている言葉の意味に乖離があるということです。意味がズレて別の現象を指すようになっているということです。

ボーダーは「境界性人格障害」つまりは、人格(自己)の形成に障害が起こっているもので、この「人格」というワードが一般的に言われいてる人格という意味ではなく、幼児期からの発育の過程を踏んだ自己同一性の確立という意味です。

前にも記載しましたが、アスペルガーでも人の心を理解できないので自己同一性の確立が困難になるパターンが多く、アスペルガー、ボーダー両方とも自己同一性の形成の障害が出現するので、症状としてはかなり似ているものとなります。

解説が長くなりました。

ここまでは平坦で、何も良いことを起こさないまま生きていきます。

しかし、この後転機が訪れます。